・・・岡林杢之助殿なども、昨年切腹こそ致されたが、やはり親類縁者が申し合せて、詰腹を斬らせたのだなどと云う風評がございました。またよしんばそうでないにしても、かような場合に立ち至って見れば、その汚名も受けずには居られますまい。まして、余人は猶更の・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・然し今私は性欲生活にかけて童貞者でないように聖書に対してもファナティックではなくなりました。是れは悪い事であり又いい事でした。楽園を出たアダムは又楽園に帰る事は出来ません。其処には何等かの意味に於て自ら額に汗せねばならぬ生活が待って居ます。・・・ 有島武郎 「『聖書』の権威」
・・・ しかるに、観聞志と云える書には、――斎川以西有羊腸、維石厳々、嚼足、毀蹄、一高坂也、是以馬憂これをもってうまかいたいをうれう、人痛嶮艱、王勃所謂、関山難踰者、方是乎可信依、土人称破鐙坂、破鐙坂東有一堂、中置二女影、身着戎衣服、頭戴烏帽・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・女子供や隠居老人などが、らちもなき手真似をやって居るものは、固より数限りなくある、乍併之れらが到底、真の茶趣味を談ずるに足らぬは云うまでもない、それで世間一般から、茶の湯というものが、どういうことに思われて居るかと察するに、一は茶の湯という・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
跡のはげたる入長持 聟入、取なんかの時に小石をぶつけるのはずいぶんらんぼうな事である。どうしたわけでこんな事をするかと云うと是はりんきの始めである。人がよい事があるとわきから腹を立てたりするのも世の中の人心・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・』て、二人ともずどんずどん一生懸命になって二三十発つづけざまに発砲した。之に応じて、当の目あてからは勿論、盤龍山、鷄冠山からも砲弾は雨、あられと飛んで来た。ひかって青い光が破裂すると、ぱらぱらッと一段烈しう速射砲弾が降って来たんで、僕は地上・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・(八兵衛の事蹟については某の著わした『天下之伊藤八兵衛』という単行の伝記がある、また『太陽』の第一号に依田学海の「伊藤八兵衛伝」が載っておる。実業界に徳望高い某子爵は素七 小林城三 椿岳は晩年には世間離れした奇人で名を売った・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と云うも、然し是れとても亦来世の約束を離れたる道徳ではない、永遠の来世を背景として見るにあらざれば垂訓の高さと深さとを明確に看取することは出来ない。「心の貧しき者は福なり」、是れ奨励である又教訓である、「天国は即ち其人の有なれば也」、是・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ 芸術家として偉大なる所以は、是等の人間性の強さと深さとの問題であります。言い換えれば人間愛に対してどれ程までに其の作家が誠実であり、美に対してどれ程までに敏感であり、正義に対してどれ程までに勇敢に戦うかということにある。 事件の異・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・「恥かしいですけど、お茶はあんまりしてませんの。是非教わろうと思てるんですけど。――ところで、話ちがいますけど、貴方キネマスターで誰がお好きですか?」「…………」「私、絹代が好きです。一夫はあんまり好きやあれしません。あの人は高・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫