・・・すると或時歳時記の中に「死病得て爪美しき火桶かな」と云う蛇笏の句を発見した。この句は蛇笏に対する評価を一変する力を具えていた。僕は「ホトトギス」の雑詠に出る蛇笏の名前に注意し出した。勿論その句境も剽窃した。「癆咳の頬美しや冬帽子」「惣嫁指の・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・という俳句の季題があるのを思い出したから、調べついでに歳時記をあけてみると清少納言の『枕草紙』からとして次のような話が引いてある。「簑虫の父親は鬼であった。親に似て恐ろしかろうといって、親のわるい着物を引きかぶせてやり、秋風が吹く頃になった・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・俳諧歳時記を繰ってみてもわかるように季節に応ずる食用の野菜魚貝の年週期的循環がそれだけでも日本人の日常生活を多彩にしている。年じゅう同じように貯蔵した馬鈴薯や玉ねぎをかじり、干物塩物や、季節にかまわず豚や牛ばかり食っている西洋人やシナ人、あ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫