・・・ 自然生の三吉が文句じゃないが、今となりては、外に望は何もない、光栄ある歴史もなければ国家の干城たる軍人も居ないこの島。この島に生れてこの島に死し、死してはあの、そら今風が鳴っている山陰の静かな墓場に眠る人々の仲間入りして、この島の土と・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・というのが夫婦愛で、これは長い年月を経済生活、社会生活の線にそうて、助け合ってきた歴史から生まれたものである。 そして不思議なことには、この人は子どもも可愛がるが、生活欲望も非常に強い。妻らしく、母らしい婦人が必ずしも生活欲望が弱いとし・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・戦争には、残虐や、獣的行為や、窮乏苦悩が伴うものであるが、それでも、有害で反動的な悪制度を撤廃するのに役立った戦争が歴史上にはあった。それらは、人類の発展に貢献したことから考えて是認さるべきである。で、プロレタリアートは、現在の戦争に対して・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・イヤでも黴臭いものを捻くらなければ、いつも定まりきった書物の中をウロツイている訳になるから、美術だの、歴史だの、文芸だの、その他いろいろの分科の学者たちも、ありふれた事は一ト通り知り尽して終った段になると、いつか知らぬ間に研究が骨董的に入っ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・もしわたくしの手もとに、東西の歴史と人名辞書とをあらしめたならば、わたくしは、古来の刑台が恥辱・罪悪にともなったいくたの事実とともにさらに刑台が光栄・名誉にともなった無数の例証をもあげうるであろう。 スペインに宗教裁判がもうけられていた・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・これにはそもそも歴史がある――ベエスの記念でサ」 学士は華やかな大学時代を想い起したように言って、その骨を挫かれた指で熱球を受け損じた時の真似までして見せた。 三人が連立って湯場を出、桜井先生の別荘の方へ上って行った時は、先生は皆な・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・「数学の歴史も、振りかえって見れば、いろいろ時代と共に変遷して来たことは確かです。まず、最初の段階は、微積分学の発見時代に相当する。それからがギリシャ伝来の数学に対する広い意味の近代的数学であります。こうして新しい領分が開けたわけですから、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・この謎のような言葉の解釈を彼自身の口から聞く事の出来る日が来れば、それは物理学の歴史でおそらく最も記念すべき日の一つになるかもしれない。 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・今日の我らが人情の眼から見れば、松陰はもとより醇乎として醇なる志士の典型、井伊も幕末の重荷を背負って立った剛骨の好男児、朝に立ち野に分れて斬るの殺すのと騒いだ彼らも、五十年後の今日から歴史の背景に照らして見れば、畢竟今日の日本を造り出さんが・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・しかし歴史はいまだかつて、如何なる人の伝記についても、殷々たる鐘の声が奮闘勇躍の気勢を揚げさせたことを説いていない。時勢の変転して行く不可解の力は、天変地妖の力にも優っている。仏教の形式と、仏僧の生活とは既に変じて、芭蕉やハアン等が仏寺の鐘・・・ 永井荷風 「鐘の声」
出典:青空文庫