・・・ 殉死にはいつどうしてきまったともなく、自然に掟が出来ている。どれほど殿様を大切に思えばといって、誰でも勝手に殉死が出来るものではない。泰平の世の江戸参勤のお供、いざ戦争というときの陣中へのお供と同じことで、死天の山三途の川のお供をする・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・けれど今あからさまにその性質を言おうなら、なるほど忍藻はかなり武芸に達して、一度などは死にかかっている熊を生捕りにしたとて毎度自慢が出たから、心も十分猛々しいかと言うに全くそうでもない。その雄々しく見えるところはただ時々の身の挙動と言葉のあ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・「どうした?」「酒桶からまくれてお前、ここやられてのう。」安次は胸を押えてみせた。「ふむ、よう死なんでこっちゃして?」「死にゃお前結構やが、運の悪い時ゃ悪いもんで、傷ひとつしやへんのや。親方に金出さそうと思うたかて、勝手の病・・・ 横光利一 「南北」
・・・この手紙の慌てたような、不揃いな行を見れば見る程、どうも自分は死にかかっている人の所へ行くのではないかと思うような気がする。そこで気分はいよいよ悪くなる。弟は自分より七年後に、晩年の父が生ませた子である。元から余り気に入らない。なんだか病身・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・さらにまた自分の愛する者が自分の死によって受ける烈しい打撃を思えば、彼らの生くる限り彼らにつきまとう重い悲哀を思えば、死んでも死に切れないようなイライラしさを感じるだろう。 しかし私は自分がもがき死にすることに堪えられるか。――とても、・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫