・・・ 人生における別離には死別にも生別にもさまざまの場合があって、いちいちの例は涙の煉獄である。キューリー夫人のように自分の最愛の夫であり、唯一の科学の共働者であるものを突然不慮の災難によって奪い去らるる死別もあれば、ただ貧苦のためだけで一・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・古人は、生別は死別より惨なりといった。死者には、死別のおそれもかなしみもない。惨なるは、むしろ、生別にあると、わたくしも思う。 なるほど、人間、いな、すべての生物には、自己保存の本能がある。栄養である。生活である。これによれば、人はどこ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・、悲しみもなく、安眠・休歇に入って了うのに、之を悼惜し慟哭する妻子・眷族其他の生存者の悲哀が幾万年か繰返されたる結果として、何人も漠然死は悲しむべし恐るべしとして怪しまぬに至ったのである、古人は生別は死別より惨なりと言った、死者には死別の恐・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・而もこの声楽家は、許嫁との死別の悲しみに堪えずしてその後間もなく死んでしまったが、許嫁の妹は、世間の掟に従って、忌の果てには、心置きなく喪服を脱いだのであった。 これは、私の文章ではありません。辰野隆先生訳、仏人リイル・アダン氏の小話で・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・早く父母に死別し、親戚の家を転々して育って、自分の財産というものも、その間に綺麗さっぱり無くなっていて、いまは親戚一同から厄介者の扱いを受け、ひとりの酒くらいの伯父が、酔余の興にその家の色黒く痩せこけた無学の下婢をこの魚容に押しつけ、結婚せ・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ 回顧すれば、余の十四歳の頃であった、余は幼時最も親しかった余の姉を失うたことがある、余はその時生来始めて死別のいかに悲しきかを知った。余は亡姉を思うの情に堪えず、また母の悲哀を見るに忍びず、人無き処に到りて、思うままに泣いた。稚心にも・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・父母と、こういう状況の下に死別した人々は、その頃の日本にわたしたちばかりではなかった。拘禁生活をさせられていた人々ばかりでなく、どっさりの人は戦地におくられて、通信の自由でなかった家郷の愛するものの生死からひきはなされて、自分たちの生命の明・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・ 自分の良人を深く深く愛し、謙遜に、恭々しく、出来るだけの努力でその愛を価値高い、純粋なものに浄化させて行き度いと希う自分は、最も計り難い、最も絶対な一大事として、愛する良人との死別ということをも考えずにはいられなく成ったのです。 ・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・ 日本の若い人々の間で愛の真実は、無惨な戦争による生別死別によって狂わされ、ためされた。今日の社会生活全般の不安定な錯雑したいきさつの間に、愛の堅忍と誠実とが試みにかけられつつある。親の権威よりはるかに強く猛々しい社会不合理に面している・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・去年の六月頃詩人[自注6]である良人に死別した女のひとで、おひささんというおとなしい人がいるのでもしかしたらそのひとに家のことを見て貰うかもしれません、それが好都合にゆけば私は殆ど幸福というに近い暮しが出来るのですが――私の条件としてはね。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫