・・・「折角御嬢さんの在りかをつきとめながら、とり戻すことが出来ないのは残念だな。一そ警察へ訴えようか? いや、いや、支那の警察が手ぬるいことは、香港でもう懲り懲りしている。万一今度も逃げられたら、又探すのが一苦労だ。といってあの魔法使には、・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・やがて武士が申しますのには、「二人は早く結婚したいのだけれどもたいせつなものがないのでできないのは残念だ。それは私の家では結婚する時にきっと先祖から伝えてきた名玉を結婚の指輪に入れなければできない事になっています、ところがだれかがそれを・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・「どう思召して下さいます、私は口が利けません、いいわけをするのさえ残念で堪りませんから碌に返事もしないでおりますと、灯をつけるとって、植吉の女房はあたふた帰ってしまいました。何も悪気のある人ではなし、私とお米との仲を知ってるわけもないの・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「ヘイ晴れるとえいけしきでござります、残念じゃなあ、お富士山がちょっとでもめいるとえいが」「じいさん、雨はだいじょぶだろうか」「ヘイヘイ、耳がすこし遠いのでござります。ヘイあの西山の上がすこし明るうござりますで、たいていだいじょ・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・青木は、しかしそう聴いてかえってこれを残念がり、実は本意でない、お前はそんなことをされても何ともないほどの薄情女かと、立っている吉弥の肩をしッかりいだき締めて、力一杯の誠意を見せようとしたこともあるそうだ。思いやると、この放蕩おやじでも実が・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・宿へ来られて帰ると直ぐ認めて投郵したらしいので、文面は記憶していないが、その意味は、私のペン・ネエムは知っていても本名は知らなかったので失礼した、アトで偶っと気がついて取敢えずお詫びに上ったがお留守で残念をした、ドウカ悪く思わないで復た遊び・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 白鳥は残念がりました。そして、子供の白鳥に、注意が足りないといって、しかりました。小さな白鳥は、ただ驚いて、目をみはっているばかりでした。 しかし、この経験によって、魚の子供は、りこうになりました。もうけっして、うかつには跳ねられ・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・ と、わざと大阪弁をつかって、ありていに断ると、姉の亭主は、「――そうか、そりゃ、残念だ。ここに百円あれば、ぼろい話があるんだが……」 と、いかにもがっかりした顔だった。釣られて、「――では、何かうまい話でも……?」 と・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・で、月が佳いから歩るいて送ることにして母と三人ぶらぶらと行って来ると、途々母は口を極めて洋行夫婦を褒め頻と羨ましそうなことを言っていましたが、その言葉の中には自分の娘の余り出世間的傾向を有しているのを残念がる意味があって、かかる傾向を有する・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・しかし、世間ではあまりこの作に注意しないのは残念千万だ。『出家とその弟子』は邦枝完二君の監督で林君、村田君等が、有楽座で上演したのが最初の上演だった。村田実君は青山杉作君の親鸞に唯円を勤めて、自分が監督して京都でやった。後帝劇で舞台協会・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
出典:青空文庫