・・・そして種々な余所の物事とそれを比べて見る。そうすると信用というものもなくなり、幸福の影が消えてしまう。たまたま苦労らしい嘆らしい事があっても、己はそれを考の力で分析してしまって、色の褪めた気の抜けた物にしてしまったのだ。ほんに思えばあの嬉し・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・それへ較べたらうちなんかは半分でもいくらでも穫れたのだからいい方だ。今年は肥料だのすっかり僕が考えてきっと去年の埋め合せを付ける。実習は苗代掘りだった。去年の秋小さな盛りにしていた土を崩すだけだったから何でもなかった。教科書がたいてい来たそ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・しかも、稲田の広大な面積に比べて、数が少い。関東の農村のように、防風林をひかえて、ぐるりに畑や田をもった農家が散財しているという風でない。一かたまりずつ、稲田の間に木立をひかえた農家がつまっている。その家はどれも大きくない。盆地で暑いせいだ・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・弟どもも一人一人の知行は殖えながら、これまで千石以上の本家によって、大木の陰に立っているように思っていたのが、今は橡栗の背競べになって、ありがたいようで迷惑な思いをした。 政道は地道である限りは、咎めの帰するところを問うものはない。一旦・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・あんな御亭主に比べて見れば、わたくしは鬚ぐらい剃らずにいたって、十割も男が好いわけですからね。そこでわたくしは段々身だしなみをしなくなる。焼餅も焼かなくなる。恋が褪め掛かる。とうとう恋も何も無くなったと云うわけですね。あの時手紙なんぞをお落・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・応答の内にはいずれも武者気質の凜々しいところが見えていたが、比べ合わせて見るとどうしても若いのは年を取ッたのよりまだ軍にも馴れないので血腥気が薄いようだ。 それから二人は今の牛ヶ淵あたりから半蔵の壕あたりを南に向ッて歩いて行ったが、その・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・今、彼はルイザを見ると、その若々しい肉体はジョゼフィヌに比べて、割られた果実のように新鮮に感じられた。だが、そのとき彼自身の年齢は最早四十一歳の坂にいた。彼は自身の頑癬を持った古々しい平民の肉体と、ルイザの若々しい十八の高貴なハプスブルグの・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・できたものをたとえばストリンドベルヒの作に比べてみる。何という鈍さと貧弱さだろう。私は差恥と絶望とで首を垂れる。 微妙な線、こまやかな濃淡、魔力ある抑揚、秘めやかな諧調、そういう技巧においてもまた、私の生まれつきのうぬぼれは製作によって・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫