・・・男おはむきに深切だてして、結びやるとて、居屈みしに、憚りさまやの、とて衝と裳を掲げたるを見れば、太脛はなお雪のごときに、向う脛、ずいと伸びて、針を植えたるごとき毛むくじゃらとなって、太き筋、蛇のごとくに蜿る。これに一堪りもなく気絶せり。猿の・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ と毛むくじゃらの大胡座を掻く。 呆気に取られて立すくむと、「おお、これ、あんた、あんたも衣ものを脱ぎなさい。みな裸体じゃ。そうすればお客人の遠慮がのうなる。……ははははは、それが何より。さ、脱ぎなさい脱ぎなさい。」 串戯に・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・地平は、私と同じで、五尺七寸、しかも毛むくじゃらの男ゆえ、たいへん貧乏を恐れて、また大男に洗いざらしの浴衣、無精鬚に焼味噌のさがりたる、この世に二つ無き無体裁と、ちゃんと心得て居るゆえ、それだけ、貧にはもろかった。そのころ地平、縞の派手な春・・・ 太宰治 「喝采」
・・・おどろいて振りむくと、ひとむれの尾の太い毛むくじゃらな猿が、丘のてっぺんに陣どって私たちへ吠えかけているのである。私は立ちあがった。「よせ、よせ。こっちへ手むかっているのじゃないよ。ほえざるという奴さ。毎朝あんなにして太陽に向って吠えた・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・なんだか、毛むくじゃらの脚になりました。ごぼうの振りをしていましょう。私は、素直に、あきらめているの。」 棉の苗。「私は、今は、こんなに小さくても、やがて一枚の座蒲団になるんですって。本当かしら。なんだか自嘲したくて仕様が無・・・ 太宰治 「失敗園」
・・・五尺七寸の毛むくじゃらの男が、大汗かいて、念写する女性であるから笑い上戸の二、三の人はきっと腹をかかえて大笑いするであろう。私自身でさえ、少し可笑しい。男の読者のほとんど全部が、女性的という反省に、くるしめられた経験を、お持ちであろう。けれ・・・ 太宰治 「女人創造」
・・・ 五尺七寸の毛むくじゃら。含羞のために死す。そんな文句を思い浮べ、ひとりでくすくす笑った。 月 日。 山岸外史氏来訪。四面そ歌だね、と私が言うと、いや、二面そ歌くらいだ、と訂正した。美しく笑っていた。 月 日。 ・・・ 太宰治 「悶悶日記」
・・・ ボルティーコフは、古風な毛むくじゃらな髯とともに、あらゆる古風な労働者の考えかたや習癖を今日まで引っぱって生きている男である。第一酒を飲む。女房を擲る。手をあげて擲るのは自分の女房だけであるが、それはつまり彼のもっている女性観の雄弁な・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・私は滑稽なことだが九州というと、線の太い、何処か毛むくじゃらなところがある土地のように思っていたから、自然でも随分思いがけぬ優しさ、明るさにおどろいた。雪の降らない暖国では樹木がこうも、さやさや軽く真直ぐ育つものか。かえりに京都へ寄り、急に・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・ 昔々ずうっと大昔、まだ人間が毛むくじゃらで、猫のような尻尾を持っていた時分に――部落の年寄達はきっとこういう言葉を使った。――巨人が退屈まぎれに造ったのだというS山を正面に、それから左右に拡がって次第次第に高く立派になっている山並みに・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫