・・・「高い!」 と喝って、「手品屋、負けろ。」「毛頭、お掛値はございやせん。宜しくばお求め下さいやし、三銭でごぜいやす。」「一銭にせい、一銭じゃ。」「あッあ、推量々々。」と対手にならず、人の環の底に掠れた声、地の下にて踊・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・猟はこういう時だと、夜更けに、のそのそと起きて、鉄砲しらべをして、炉端で茶漬を掻っ食らって、手製の猿の皮の毛頭巾を被った。筵の戸口へ、白髪を振り乱して、蕎麦切色の褌……いやな奴で、とき色の禿げたのを不断まきます、尻端折りで、六十九歳の代官婆・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・飛んでもない誤解で、毛頭僕はそんな事を考えた事はない、」と弁明した。復た例の癖が初まったナと思いつつも、二葉亭の権威を傷つけないように婉曲に言い廻し、僕の推察は誤解であるとしても、そうした方が君のための幸福ではない乎と意中の計画通りを実行さ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・諸君の御厚意に対してもなるべく御満足の行くように、十分面白い講演をして帰りたいのは山々であるけれども、しかしあまり大勢お出になったから――と云って、けっしてつまらぬ演説をわざわざしようなどという悪意は毛頭無いのですけれども、まあなるべく短か・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ 入れもしないのに早く来て、それを誇りに思う心持も微笑まれるし、暑かろうが寒かろうが、小門から出入する気などは毛頭起さず、ひたすら、小使が閂を抜いてさっと大門を打ち開くのを今か今かと、群れて待ち焦れている心持は、顧みて今、始めていとしさ・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
出典:青空文庫