・・・古い民家の集落の分布は一見偶然のようであっても、多くの場合にそうした進化論的の意義があるからである。そのだいじな深い意義が、浅薄な「教科書学問」の横行のために蹂躙され忘却されてしまった。そうして付け焼き刃の文明に陶酔した人間はもうすっかり天・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・慰めのない「民家の沙漠」である。 泥水をたたえた長方形の池を囲んで、そうしてその池の上にさしかけて建てた家がある。その池の上の廊下を子供が二、三人ばたばた駆け歩いているのが見えた。不思議な家である。 千住大橋でおりて水天宮行の市電に・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・試みに中央線の汽車で甲州から信州へ分け入る際、沿道の民家の建築様式あるいは単にその屋根の形だけに注意してみても、私の言うことが何を意味するかがおぼろげにわかるであろうと思う。 このような天然の空間的多様性のほかにもう一つ、また時間的の多・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・少なくも虞美人草はこのへんの民家の庭にあまり見受けなかった。そしてこの土地に珍しくない日々草などがかえってたんねんに抜き去られた。また一方珍しくないコスモスは取られないほうに属していた。 あるいはこの三つの植物の繁殖力の旺盛な事に関する・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・今時の民家は此様の法をしらずして行規を乱にして名を穢し、親兄弟に辱をあたへ一生身を空にする者有り。口惜き事にあらずや。女は父母の命と媒妁とに非ざれば交らずと、小学にもみえたり。仮令命を失ふとも心を金石のごとくに堅くして義を守るべし。・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・京都大阪辺の富豪家に虚弱なる子あれば、之を八瀬大原の民家に託して養育する者ありと言う。田舎の食物の粗なるは勿論のことなれども、田舎の物を食して田舎風に運動遊戯すれば、身体に利する所は都会の美食に勝るものあるが故なり。左れば小児を丈夫に養育せ・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・山がある。民家はシベリアとは違い薄い板屋根だ。どの家も、まわりに牧柵をゆって、牛、馬、豚、山羊などを飼っている。家も低い、牧柵もひくい。そして雪がある。 川岸を埋めた雪に、兎か何か獣の小さい足跡がズーとついている。川水は凍りかけである。・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・住民の逃げた後の民家を掠奪から保護した。掠奪する中国人を捕え、品物を出させ、それをステーションの貨物倉庫へ番兵つきで保管した。追い追い村へ戻って来た中国村民がそれを見て、びっくりした。そればかりではなかった。村道は清潔に整理されている。屋根・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫