・・・ その時もし廉州先生が、遅れ馳せにでも来なかったなら、我々はさらに気まずい思いをさせられたに違いありません。しかし先生は幸いにも、煙客翁の賞讃が渋りがちになった時、快活に一座へ加わりました。「これがお話の秋山図ですか?」 先生は・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・ 父と子とはしばらくの間、気まずい沈黙を続けていた。「時代の違いだね。」 少将はやっとつけ加えた。「ええ、まあ、――」 青年はこう云いかけたなり、ちょいと窓の外のけはいに、耳を傾けるような眼つきになった。「雨ですね。・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・自分の後継者であるべきものに対してなんとなく心置きのあるような風を見せて、たとえば懲しめのためにひどい小言を与えたあとのような気まずい沈黙を送ってよこした。まともに彼の顔を見ようとはしなかった。こうなると彼はもう手も足も出なかった。こちらか・・・ 有島武郎 「親子」
・・・銭占屋は気まずい顔をして、妙に考えこんでいた。 それから、二三日経ってある朝、銭占屋は飯を食いかけた半ばにふと思いついたように、希しく朝酒を飲んで、二階へ帰るとまた布団を冠って寝てしまった。女房は銭占屋の使で町まで駿河半紙を買いに行った・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・伏見は酒の名所、寺田屋は伏見の船宿で、そこから大阪へ下る淀船の名が三十石だとは、もとよりその席の誰ひとり知らぬ者はなく、この仲人の下手な洒落に気まずい空気も瞬間ほぐされた。 ところが、その機を外さぬ盞事がはじまってみると、新郎の伊助は三・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ しかし、こんな庄之助の言い方は、相手を気まずい気持にさせた。おまけに、相手が寿子の演奏会やレコード吹き込みの話を持ち出すと、庄之助は自分から演奏料の金額を言い出して、「鐚一文かけても御免蒙りましょう」 と、一歩も譲らなかった。・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ 二 両人は、息子のために気まずい云い合いをしながらも、息子から親を思う手紙を受け取ったり、夏休みに帰った息子の顔を見たりすると、急にそれまでの苦労を忘れてしまったかのように喜んだ。初めのうち、清三は夏休み中、池の・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ つまり、私は、糞真面目で興覚めな、気まずい事に堪え切れないのだ。私は、私の家庭においても、絶えず冗談を言い、薄氷を踏む思いで冗談を言い、一部の読者、批評家の想像を裏切り、私の部屋の畳は新しく、机上は整頓せられ、夫婦はいたわり、尊敬し合・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ぎりぎりのところまでは、気まずい衝突を避けるのである。「立派な家庭だぜ。」私には、そう言うのが精一ぱいの事であった。君にはもったいないくらいだ、とは言えなかった。私は言い争いは好まない。「縁談などの時には、たいてい自分の地位やら財産やら・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ 私たちは午後の四時頃、金木の家を引き上げ、自動車で五所川原に向った。気まずい事の起らぬうちに早く引き上げましょう、と私は北さんと前もって打ち合せをして置いたのである。さしたる失敗も無く、謂わば和気藹々裡に、私たちはハイヤアに乗った。北・・・ 太宰治 「帰去来」
出典:青空文庫