・・・夜を降り通した雨は、又昼を降り通すべき気勢である。 さんざん耳から脅された人は、夜が明けてからは更に目からも脅される。庭一面に漲り込んだ水上に水煙を立てて、雨は篠を突いているのである。庭の飛石は一箇も見えてるのが無いくらいの水だ。いま五・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・二 その話は別として、先般の反キリスト教同盟というものは、まさに昨年四月から北京に開かれた世界キリスト教青年大会と対立して気勢を挙げたものだ。そうして反キリスト教同盟は「キリスト教は科学の信仰を阻止し、資本主義の手先になって、他・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・それから三十分も経ったと思うころ、外から誰やら帰ってきた気勢で、「もう商売してきたの、今夜は早いじゃないか。」と上さんの声がする。 すると、何やらそれに答えながら、猿階子を元気よく上ってきた男がある。私は寝床の中から見ると薄暗くて顔・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・土井はこう言って、近所に住っている原口を迎えに、すぐにも起ちあがりそうな気勢を見せた。「そりゃ君困るよ」と笹川は狼狽して言った。「そんなこと言われては、僕は困っちまうよ。君はどうしても出席してくれたまえ。それでないと僕が困っちまうよ。と・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・』 この時クスリと一声、笑いを圧し殺すような気勢がしたが、主人はそれには気が付かない。『命せえあればまたどんな事でもできらア。銭がねえならかせぐのよ、情人が不実なら別な情人を目つけるのよ。命がなくなりゃア種なしだ。』 娘が来て、・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 外所は豆腐屋の売声高く夕暮近い往来の気勢。とてもこの様子ではと自分は急に起て帰ろうとすると、母は柔和い声で、「最早お帰りかえ。まア可いじゃアないか。そんなら又お来でよ」と軍曹の前を作ろった。 外へ出たが直ぐ帰えることも出来ず、・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・背の高い骨格の逞ましい老人は凝然と眺めて、折り折り眼をしばだたいていたが、何時しか先きの気勢にも似ずさも力なさそうに細川繁を振向いて「オイ貴公この道具を宅まで運こんでおくれ、乃公は帰るから」 言い捨てて去って了った。校長の細川は取残・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・この思い切った宣伝が廉価出版の気勢を添えて、最初の計画ではせいぜい二三万のものだろうと言われていたのが、いよいよ蓋をあけて見るとその十倍もの意外に多数な読者がつくことになった。 思いもよらない収入のある話と私が言ったのは、この大量生産の・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・と歌って気勢をあげる。謀叛は、悪徳の中でも最も甚だしいもの、所謂賊軍は最もけがらわしいもの、そのように日本の世の中がきめてしまっている様子である。謀叛人も、賊軍も、よしんば勝ったところで、所謂三日天下であって、ついには滅亡するものの如く、わ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ 今日もそこに来て耳をてたが、電車の来たような気勢もないので、同じ歩調ですたすたと歩いていったが、高い線路に突き当たって曲がる角で、ふと栗梅の縮緬の羽織をぞろりと着た恰好の好い庇髪の女の後ろ姿を見た。鶯色のリボン、繻珍の鼻緒、おろし立て・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫