・・・ 黒い眼鏡の下に、一日一日と盲いて行く眼をつぶって気抜けのした様な、何も彼にも頭にない様な顔をして居た。 なげ出した顔をお節の方から見ると、明らかに骸骨の形に見えた。 非常に頬骨が高い性の所へ大きな黒眼鏡をかけて居るのでそれが丁・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・私は、気抜けしたように黙りこんで、広々とした耕地を瞰渡す客間の廊下にいた。茶の間の方から、青竹を何本切らなければならぬ、榊を何本と、神官が指図をしている声がした。皆葬式の仕度だ。東京で一度葬式があった。この時、私は種々深い感じを受けた。二度・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・ 各々が思い思いの処に立って、夢からさめたばかりの様に気抜けのした、手持ちぶさたな顔をして、今まで自分等のさわいで居た処を見て始めて、折角盛り分けた薯の椀の或るものはひっくりかえり、いつの間にか上った鶏が熱つそうに、あっちころがし、こっ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 秀麿は気抜けがしたように、両手を力なく垂れて、こん度は自分が寂しく微笑んだ。「そうだね。てんでに自分の職業を遣って、そんな問題はそっとして置くのだろう。僕は職業の選びようが悪かった。ぼんやりして遣ったり、嘘を衝いてやれば造做はないが、・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫