・・・ それみろ、と何か早や、勝ち誇った気構えして、蘆の穂を頬摺りに、と弓杖をついた処は可かったが、同時に目の着く潮のさし口。 川から、さらさらと押して来る、蘆の根の、約二間ばかりの切れ目の真中。橋と正面に向き合う処に、くるくると渦を巻い・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・おうかなどと、不了簡を廻らしながら、いつも乗って帰る処は忘れないで、件の三丁目に彳みつつ、時々、一粒ぐらいぼつりと落ちるのを、洋傘の用意もないに、気にもしないで、来るものは拒まず……去るものは追わずの気構え。上野行、浅草行、五六台も遣過ごし・・・ 泉鏡花 「妖術」
信じるより他は無いと思う。私は、馬鹿正直に信じる。ロマンチシズムに拠って、夢の力に拠って、難関を突破しようと気構えている時、よせ、よせ、帯がほどけているじゃないか等と人の悪い忠告は、言うもので無い。信頼して、ついて行くのが・・・ 太宰治 「かすかな声」
・・・文学を一生の業として気構えた時、愚人は、かえって私を組し易しと見てとった。私は、幽かに笑うばかりだ。万年若衆は、役者の世界である。文学には無い。 東京八景。私は、いまの此の期間にこそ、それを書くべきであると思った。いまは、差し迫った約束・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・オが日本に生れたらとても作家生活が出来なかったろう、という述懐をもらしたので私も真面目に、日本のリアリズムの深さなどを考え、要するに心境の問題なのだからね、と言い、それからまた二つ三つ意見を述べようと気構えた時、友人は笑い出して、ちがう、ち・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・自分のこの社会での在り場所を、人及び作家としての気構えで統一的に生き抜き、経験し、そこから作品をつくってゆくことを、自然な方法として示される必要がある。真の文学というに足りる文学は決して文学的なしねくねからは生れない。文学的なるものの底をぬ・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・しかし、作者は自身の気構えのつよさに現実の苛烈さを錯覚しているところもある。志賀直哉氏の人為及び芸術の魔法の輪を破るには、志賀氏の芸術の一見不抜なリアリティーが、広い風波たかき今日の日本の現実の関係の中で、実際はどういう居り場処を占めている・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫