・・・庭をいじって、話を書いて、芋がしらの水差しを玩んで――つまり前にも言ったように、日月星辰前にあり、室生犀星茲にありと魚眠洞の洞天に尻を据えている。僕は室生と親んだ後この点に最も感心したのみならずこの点に感心したことを少からず幸福に思っている・・・ 芥川竜之介 「出来上った人」
・・・ちょいと、その水差しを。お道具は揃ったけれど、何だかこの二階の工合が下宿のようじゃありませんか。」 四「それでもね、」 とあるじは若々しいものいいで、「お民さんが来てから、何となく勝手が違って、ちょっと他・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・傍に青芒が一叢生茂り、桔梗の早咲の花が二、三輪、ただ初々しく咲いたのを、莟と一枝、三筋ばかり青芒を取添えて、竹筒に挿して、のっしりとした腰つきで、井戸から撥釣瓶でざぶりと汲上げ、片手の水差に汲んで、桔梗に灌いで、胸はだかりに提げた処は、腹ま・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 何をする気にもならない自分はよくぼんやり鏡や薔薇の描いてある陶器の水差しに見入っていた。心の休み場所――とは感じないまでも何か心の休まっている瞬間をそこに見出すことがあった。以前自分はよく野原などでこんな気持を経験したことがある。それ・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・力な実体を見た芸術家は立って、ふらふら外へ出て、そこらを暫く散歩し、やがてまた家へ帰り、部屋を閉め切って、さてソファにごろりと寝ころび、部屋の隅の菖蒲の花を、ぼんやり眺め、また徐ろに立ち上り菖蒲の鉢に水差しの水をかけてやり、それから、いや、・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫