・・・呆気に取られて、ああ、綺麗だ、綺麗だ、と思ううちに、水玉を投げて、紅の※を揚げると、どうでしょう、引いている川添の家ごとの軒より高く、とさかの燃えるように、水柱を、颯と揃って挙げました。 居士が、けたたましく二つ三つ足蹈をして、胸を揺っ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・盥の水が躍り出して水玉の虹がたつ。そこへも緑は影を映して、美しく洗われた花崗岩の畳石の上を、また女の人の素足の上を水は豊かに流れる。 羨ましい、素晴しく幸福そうな眺めだった。涼しそうな緑の衝立の蔭。確かに清冽で豊かな水。なんとなく魅せら・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・しかし、のろまな妻は列車の横壁にかかってある青い鉄札の、水玉が一杯ついた文字を此頃習いたてのたどたどしい智識でもって、FOR A-O-MO-RI とひくく読んでいたのである。 太宰治 「列車」
・・・陳列品の中に獅子舞の獅子の面が二点あったが、その面に附いている水色に白く水玉を染出した布片に多分鬣を表わすためであろう、麻糸の束が一列に縫いつけてある。その麻糸の簾形に並んださまが、自分の夢に見た麻束の簾とよほどよく似ているのでちょっと吃驚・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
・・・物干には音羽屋格子や水玉や麻の葉つなぎなど、昔からなる流行の浴衣が新形と相交って幾枚となく川風に飜っている。其処から窓の方へ下る踏板の上には花の萎れた朝顔や石菖やその他の植木鉢が、硝子の金魚鉢と共に置かれてある。八畳ほどの座敷はすっかり渋紙・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・お前たちはそれがみんな水玉だと考えるだろう。そうじゃない、みんな小さな小さな氷のかけらなんだよ、顕微鏡で見たらもういくらすきとおって尖っているか知れやしない。 そんな旅を何日も何日もつづけるんだ。 ずいぶん美しいこともあるし淋しいこ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 細い葉先に漸々とまって居る小さい水玉の光り。 葉の重り重りの作って居る薫わしい影。 口に云えない程の柔かさと弱い輝を持った気味悪い程丸味のある一体の輪廓は、煙った様に、雨空と、周囲の黒ずんだ線から区切られて居る。 私はじい・・・ 宮本百合子 「雨が降って居る」
・・・先生、先生は、月夜に立ちのぼる水の、不思議に蠱惑的な薫りを御存じでございますか、扁平な櫂に当って転げる水玉の、水晶を打つ繊細な妙音を御存じでございますか。―― けれども、自然は決して単調な議事ではございません。時には息もつまるような大暴・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 大きな波のうねりになって押しよせて行く自分の心が浜の方で微妙な響と形で居る小波の様な両親の心とぶつかって水玉をとばしらせてそれと一緒になった時の気持はほんとうに口なんかじゃあ云えませんねえ。 嬉しい様な力強い様な勝ほこった様な――・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ サラサラした水は快く彼等の軟い胸毛を濡して、鯱鉾立ちをする様にして、川床の塵の間を漁る背中にたまった水玉が、キラキラと月の光りを照り返した。 バシャバシャと云う水のとばしる音、濡れそぼけて益々重くなった羽ばたきの音、彼等の口から思・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
出典:青空文庫