・・・ ほおけた尾花のつづいた大野には、北国めいた、黄葉した落葉松が所々に腕だるそうにそびえて、その間をさまよう放牧の馬の群れはそぞろに我々の祖先の水草を追うて漂浪した昔をおもい出させる。原をめぐった山々はいずれもわびしい灰色の霧につつまれて・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・柳の、日に蒸されて腐る水草のがする。ホテルからは、ナイフやフォオクや皿の音が聞える。投げられた魚は、地の上で短い、特色のある踊をおどる。未開人民の踊のような踊である。そして死ぬる。 小娘は釣っている。大いなる、動かすべからざる真面目の態・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・よろず屋の店と、生垣との間、逕をあまして、あとすべて未だ耕さざる水田一面、水草を敷く。紫雲英の花あちこち、菜の花こぼれ咲く。逕をめぐり垣に添いて、次第に奥深き処、孟宗の竹藪と、槻の大樹あり。この蔭より山道をのぼる。狭き土間、貧しき卓子に・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ここに浮いていたというあたりは、水草の藻が少しく乱れているばかり、ただ一つ動かぬ静かな濁水を提灯の明りに見れば、ただ曇って鈍い水の光り、何の罪を犯した色とも思えない。ここからと思われたあたりに、足跡でもあるかと見たが下駄の跡も素足の跡も見当・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・信吉は、池のほとりに立って、紫色の水草の花が、ぽっかりと水に浮いて、咲いているのをながめていました。どうしたらあれを採ることができるかな。うまく根といっしょに引き抜かれたなら、家に持って帰って、金魚の入っている水盤に植えようと空想していたの・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・水の底には、泥を被った水草の葉が、泥へ彫刻したようになっている。ややあって、ふと、鮒子の一隊が水の色とまぎれたと思うと、底の方を大きな黒いのがうじゃうじゃと通る。「大きなのもいるんですね。あ、あそこに」と指すと、「どこに」と藤さんが・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・湖水の底の水草のむらがりを見る思いでした。これが東京の見おさめだ、十五年前に本郷の学校へはいって以来、ずっと私を育ててくれた東京というまちの見おさめなのだ、と思ったら、さすがに平静な気持では居られませんでした。翌朝とにかく上野駅から一番早く・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・それから、もし、睡蓮が他の水草を次第に圧迫して蔓延するか、しないか、これも問題である。物好きな人があったら、年々写真でもとっておいて、あとで研究したらおもしろそうである。 ついでながら、池には大きな鯉がかなりたくさんいる。あたたかい時候・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・例えば水草を追って移牧する未開人にとりては時とともに利害の係る土地の範囲を移動す。また一つの都府の市民というごとき抽象的の団体を考うる時はその要素たる各個人とは独立に時とともに不変なる標準も考えらるれども、一般には必ずしも然らず。例えば一般・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・第三の精霊は頭をかるくふって遠くに流れて居る小川を見つめるといきなり張りのある響く声で、第三の精霊 美くしい精女殿、お二人の御年寄――さらばじゃ、この上ないよろこびのみちたところへ行く――青い水草は私の体をフンワリと抱えて冬の来ぬ国・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
出典:青空文庫