・・・やはり食料品、雑貨店などの中で、薬屋が多く、次は下駄屋と水菓子屋が目につく。 左側に玉の井館という寄席があって、浪花節語りの名を染めた幟が二、三流立っている。その鄰りに常夜燈と書いた灯を両側に立て連ね、斜に路地の奥深く、南無妙法蓮華経の・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・パナマの帽子を被って、夕方になると水菓子屋の店先へ腰をかけて、往来の女の顔を眺めている。そうしてしきりに感心している。そのほかにはこれと云うほどの特色もない。 あまり女が通らない時は、往来を見ないで水菓子を見ている。水菓子にはいろいろあ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・くだもの類を東京では水菓子という。余の国などでは、なりものともいうておる。○くだものに准ずべきもの 畑に作るものの内で、西瓜と真桑瓜とは他の畑物とは違うて、かえってくだものの方に入れてもよいものであろう。それは甘味があってしかも生で食う・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・橋の袂に水菓子屋があって林檎を横に長く並べてあった。 橋の上に来て左右を見わたすと、幅の広い水がだぶりだぶりと風にゆさぶられて居るのが、大きな壮快な感じがする。年が年中六畳の間に立て籠って居る病人にはこれ位の広さでも実際壮大な感じがする・・・ 正岡子規 「車上の春光」
出典:青空文庫