・・・付け木の水車を仕掛けているのもあれば、盥船に乗って流れて行くのもある。自分はうらやましい心をおさえて川沿いの岸の草をむしりながら石盤をかかえて先生の家へ急ぐ。寒竹の生けがきをめぐらした冠木門をはいると、玄関のわきの坪には蓆を敷き・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・画はやはり田舎の風景で、ゆるやかな流れの岸に水車小屋があって柳のような木の下に白い頭巾をかぶった女が家鴨に餌でもやっている。何処で買ったかと聞いたら、町の新店にこんな絵や、もっと大きな美しいのが沢山に来ている、ナポレオンの戦争の絵があって、・・・ 寺田寅彦 「森の絵」
・・・ 四谷新宿辺では○御苑外の上水堀○千駄ヶ谷水車ありし細流。 小石川区内では○植物園門前の小石川○柳町指ヶ谷町辺の溝○竹島町の人参川○音羽久世山崖下の細流○音羽町西側雑司ヶ谷より関口台町下を流れし弦巻川。 芝区内では○愛宕下の桜川・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・山行伐木ノ声、渓行水車ノ声並ニ遠ク聴クベシ。遊舫ノ笙、漁浦ノ笛モ遠ケレバ自ラ韻アリ。寺鐘、城鼓モ遠ケレバマタ趣キナキニアラズ。蛙声ノ枕ニ近クシテ喧聒ニ堪ヘザルガ如キモ、隔ツレバ則チ聴クベシ。大声モト聴クニ悪シ。林ヲ隔ツレバ則チ趣ホボ水車ニ等・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ 雲がすっかり消えて、新らしく灼かれた鋼の空に、つめたいつめたい光がみなぎり、小さな星がいくつか連合して爆発をやり、水車の心棒がキイキイ云います。 とうとう薄い鋼の空に、ピチリと裂罅がはいって、まっ二つに開き、その裂け目から、あやし・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・小麦を粉にする日ならペムペルはちぢれた髪からみじかい浅黄のチョッキから木綿のだぶだぶずぼんまで粉ですっかり白くなりながら赤いガラスの水車場でことことやっているだろう。ネリはその粉を四百グレンぐらいずつ木綿の袋につめ込んだりつかれてぼんやり戸・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・「そら、夢の水車のきしりのような音」「ああそうだ。あの音だ。ピタゴラス派の天球運動の諧音です」「あら、なんだかまわりがぼんやり青白くなってきましたわ」「夜が明けるのでしょうか。いやはてな。おお立派だ。あなたの顔がはっきり見え・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ その男少し低能のようで、「水車、水のまにまに廻るなり やまずめぐるもやまずめぐるも」 細い声を無理に出して見たり低い声を出したりしてうたう。 つれの男迷惑そうにしてだまって居る。「いくらかのぼりだろうかな」「ならし・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・舎道乗合馬車の砂煙り たちつゝ行けば黄の霞み立つ赤土に切りたほされし杉の木の 静かにふして淡く打ち笑む白々と小石のみなる河床に 菜の花咲きて春の日の舞ふ水車桜の小枝たわめつゝ ゆるくま・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ 彼は眼を放たず窓外に飛び行く田舎の景色を眺め、「いいですなあ! 天気がいいから実に素敵だ」 何度もそう云った。「あ、見ましたか? 水車がありましたよ、やっぱり今でも田舎では水車が廻っているんですね」 平凡な田舎の景色と、横・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫