・・・ 行手の右側に神社の屋根が樹木の間に見え、左側には真暗な水面を燈火の動き走っているのが見え出したので、車掌の知らせを待たずして、白髯橋のたもとに来たことがわかる。橋快から広い新道路が東南に向って走っているのを見たが、乗合自動車はその方へ・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・永代の橋の上で巡査に咎められた結果、散々に悪口をついて捕えられるなら捕えて見ろといいながら四、五人一度に橋の欄干から真逆様になって水中へ飛込み、暫くして四、五間も先きの水面にぽっくり浮み出して、一同わアいと囃し立てた事なぞもあった。・・・ 永井荷風 「夏の町」
発電所の掘鑿は進んだ。今はもう水面下五十尺に及んだ。 三台のポムプは、昼夜間断なくモーターを焼く程働き続けていた。 掘鑿の坑夫は、今や昼夜兼行であった。 午前五時、午前九時、正午十二時、午後三時、午後六時には取・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・河豚は水面と海底との中間を泳いでいるし、食い意地が張っているので、エサをつけた糸をたらすとすぐに食いつく。しかし、ほんとうにおいしい河豚は、海底深くいる底河豚だ。河豚は一枚歯で、すごく力が強く貝殻でも食い割ってしまう。したがって、海底での貝・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・何せこんどは一ぺんにあの水面までおりて行くんですから容易じゃありません。この傾斜があるもんですから汽車は決して向うからこっちへは来ないんです。そら、もうだんだん早くなったでしょう。」さっきの老人らしい声が云いました。 どんどんどんどん汽・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 仙二は朝早く起きるとすぐ池にとんで行った、そうして着物をぬぐとすぐまっさおな水面に水鳥の様に泳ぎ出した。かなり広い池をのこりなく泳ぎまわって盛の藻の花をつきるまで取った。 茶色のくきの細くて長いのを首にかけて上った時、仙二は涙をこ・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・黒い不潔極まる水面から黒い四角な箱みたいな工場が浮島のように見える。枯木が一本どうしたわけかその工場の横に突立っている。往来近いところは長い乱れた葦にかくされているが、向う側の小店の人間が捨てる必要のある総ての物――錆腐った鍋、古下駄から魚・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・そのとき鷹は水底深く沈んでしまって、歯朶の茂みの中に鏡のように光っている水面は、もうもとの通りに平らになっていた。二人の男は鷹匠衆であった。井の底にくぐり入って死んだのは、忠利が愛していた有明、明石という二羽の鷹であった。そのことがわかった・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そうして実際の印象とは縁の遠い、ムラのない単色の水面や板壁を描くことになるのではないか。すなわち画布や絵の具が写実を不可能にするゆえに、写実の代わりに、真実を暗示する色や線によって、ある気分、ある情緒を現わそうと努めるに至るのではないか。・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・それを探すような気持ちであちこちをながめていると、水面の闇がいくらか薄れて来て、池の広さがだんだん目に入るようになって来た。 私たちのそういう騒ぎを黙って聞いていて口を出さない船頭に、一体音のすることがあるのかと聞いてみると、わしもそん・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫