・・・ 大柄だと云ってもまだやっと満七つと幾月と云う体なのですものそこへ三つも氷嚢をあてて胸に大きな湿布を巻き付けられながら西洋人の様に聰明らしく大きな目で白い壁の天井をマジマジと眺め、「お母様、顔があつい、 病気してつまらないわ・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・何か耳新しい一つ話か思い出話が出るかと思って、心臓に氷嚢をあてながらも寝ないで柱にもたれ、明け方までいろいろな人に混っていたのであったが、誰もそんな話を切り出すひとは誰もなかった。母が二十代の時分、生れたての私をつれて札幌へ父とともに行って・・・ 宮本百合子 「母」
・・・母のとき、私は何よりも父を落胆させまいとして、始終気を張り、心臓に氷嚢を当てながらも喪の礼装を解かずにがんばり通した。当時私の心持を支配する他の理由もあって、私は涙も出ず、折々白いハンカチーフで洟をかむ父の側にひかえていた。 一月三十日・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫