・・・ 十一月の初めだった。氷塊が流れ初めた。河面一面にせり合い、押し合い氷塊は、一度に放りこまれた塵芥のように、うようよと流れて行った。ある日、それが、ぴたりと動かなくなった。冬籠もりをした汽船は、水上にぬぎ忘れられた片足の下駄のように、氷・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・たとえば流氷のようなものでも舷側で押しくずされるぐあいや、海馬が穴から顔をだす様子などから、その氷塊の堅さや重さや厚さなどが、ほとんど感覚的に直観される。雪原の割れ目などでも、橇で乗り越して行く時にくずれるさまなどから、その割れ目の状況や雪・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ バスチアンとイドウとが氷塊を小汽艇へ積み込んでいるところへテレーズがコーヒーの茶わんを持ってくる。バスチアンがいきなり女を船に引きおろしておいてモーターをスタートする。そうして全速力で走り出す。スクリーンの面で船や橋や起重機が空中に舞・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・一方ではまた、何事とも知れぬ極度の恐怖に襲われて、氷塊の間の潮水をもぐって泳ぎ回る可憐な子熊もやがて繩の輪に縛られて船につり上げられる。そうして懸命の力で反抗しあばれ回る。「ひどく一同を手こずらせた」と探険隊長の演説の中でも紹介されているが・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・と、土方風の男が一人縄で何かガラガラ引きずりながら引っぱって来るのを見ると、一枚の焼けトタンの上に二尺角くらいの氷塊をのっけたのを何となく得意げに引きずって行くのであった。そうした行列の中を一台立派な高級自動車が人の流れに堰かれながらいるの・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・堪え兼ねてボーイを呼んで大きな氷塊を取寄せてそれを胸に載せて辛うじて不眠の一夜を過ごした。その時に氷塊を持ってぬっと出現した偉大なニグロのボーイの顔が記憶に焼きつけられて残っている。それから、ウェザー・ビュローの若い学者と一緒にあるいた。あ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・草花鉢を飾ったり、夏は花を封じ込めた氷塊がいくつもすえられていて、天井には大きな扇風器が回っている。田舎から始めて来た人などに、ここで汁粉かアイス一杯でもふるまうと意外な満足を表せられる事がある。ここの食卓へ座をとって、周囲の人たち、特に婦・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・桶や袋や箱を重く積込んだ渡船は帆をかけ、舵手席に、平静で、冷やかな眼をしたパンコフが坐り、舷には灰色の脆い早春の氷塊が濁った水に漂いながらぶつかる。北風が岸に波によせて戯れ、太陽が氷塊の青く硝子のような脇腹に当って明るく白い束のように反射し・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫