・・・ ふと子どもは目をさまして水を求めました。 おかあさんはだまっているほかありませんでした。 子どもは泣きだして、「お家に帰りましょう」 と申します。「あのおそろしい旅をもう一度ですか。とてもとても。私は海の中にはいる・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・そうして時たま私に手紙を寄こして、その娘の縁談に就いて、私の意見を求めたりなどして、私もその候補者の青年と逢い、あれならいいお婿さんでしょう、賛成です、なんてひとかどの苦労人の言いそうな事を書いて送ってやった事もあった。 しかし、いまで・・・ 太宰治 「朝」
・・・死ぬにも隠れ家を求めなければならぬ。そうだ、隠れ家……。どんなところでもいい。静かな処に入って寝たい、休息したい。 闇の路が長く続く。ところどころに兵士が群れを成している。ふと豊橋の兵営を憶い出した。酒保に行って隠れてよく酒を飲んだ。酒・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・その代りになるべき新しい利器を求めている彼の手に触れたのは、前世紀の中頃に数学者リーマンが、そのような応用とは何の関係もなしに純粋な数学上の理論的の仕事として残しておいた遺物であった。これを錬え直して造った新しい鋭利なメスで、数千年来人間の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・その代り、そうするには何処か人知れぬ心の隠家を求めて、時々生命の洗濯をする必要を感じた。宿なしの乞食でさえも眠るにはなお橋の下を求めるではないか。厭な客衆の勤めには傾城をして引過ぎの情夫を許してやらねばならぬ。先生は現代生活の仮面をなるべく・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・瞽女はぐるぐるとマチを求めて村々をめぐる。太十の目には田の畔から垣根から庭からそうして柿の木にまで挂けらえた其稲の収穫を見るより瞽女の姿が幾ら嬉しいか知れないのである。瞽女といえば大抵盲目である。手引といって一人位は目明きも交る。彼らは手引・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・洋琴の声、犬の声、鶏の声、鸚鵡の声、いっさいの声はことごとく彼の鋭敏なる神経を刺激して懊悩やむ能わざらしめたる極ついに彼をして天に最も近く人にもっとも遠ざかれる住居をこの四階の天井裏に求めしめたのである。 彼のエイトキン夫人に与えたる書・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
世界はそれぞれの時代にそれぞれの課題を有し、その解決を求めて、時代から時代へと動いて行く。ヨウロッパで云えば、十八世紀は個人的自覚の時代、所謂個人主義自由主義の時代であった。十八世紀に於ては、未だ一つの歴史的世界に於ての国家と国家との・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・そこで彼女は数日間仕事を求めて、街を、工場から工場へと彷徨うたのだろう。それでも彼女は仕事がなかったんだろう。「私は操を売ろう」そこで彼女は、生命力の最後の一滴を涸らしてしまったんではあるまいか。そしてそこでも愈々働けなくなったんだ。で、遂・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・夫の父母にして自分の父母に非ざるが故に、即ち其ありのまゝに任せ、之を家の長老尊属として丁寧に事うるは固より当然なれども、実父母同様に親愛の情ある可らざるは是亦当然のことゝして、初めより相互に余計の事を求めず、自然の成行に従て円滑を謀るこそ一・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫