・・・そこはまア、自然かも知れんね――日蔭の冷たい、死というものに掴まれそうになってる人間が、日向の明るい、生気溌溂たる陽気な所を求めて、得られんで煩悶している。すると、議論じゃ一向始末におえない奴が、浅墓じゃあるが、具体的に一寸眼前に現て来てい・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・無論尋常の密会を求める色文では無い。しかしマドレエヌは現在の煩悶を遁れて、過去の記念の甘みが味いたいと云う欲望をほのめかしている。男子の貞操を守っていない夫に対して、復讐がしてやりたいと云う心持が、はっきり筆に書いてはないが、文句の端々に曝・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・趣味を自然に求め、手段を写実に取りし歌、前に『万葉』あり、後に曙覧あるのみ。 されば曙覧が歌の材料として取り来るものは多く自己周囲の活人事活風光にして、題を設けて詠みし腐れ花、腐れ月に非ず。こは『志濃夫廼舎歌集』を見る者のまず感ずるとこ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・人はまことを求める。真理を求める。ほんとうの道を求めるのだ。人が道を求めないでいられないことはちょうど鳥の飛ばないでいられないとおんなじだ。おまえたちはよくおぼえなければいけない。人は善を愛し道を求めないでいられない。それが人の性質だ。これ・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・こうした些細な慾望や、理想は兎も角として、この地上に誰れもが求め、限りもなくのぞむものは平和と愛ではないでしょうか。各々もとめるところの形は皆ちがいましょうけれど、私達の理想とするものは、愛と平和の融合を措いてこの世の楽園は考えられないと思・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・アウシュコルンは自分で願って身躰の検査を求めた。手帳らしきものも見いだされなかった。 ついに市長は大いに困ってその筋に上申して指揮を仰ぐのほかなしと告げて席を立った。 この事件のうわさはたちまち広まった。老人が役所を出ずるや、人々は・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・原と主筆が予に文壇の評を求められるのは、予がかつて鴎外の名を以て文学の事を談じたという宿因あるが故だ。ここに書くところは即ち予の懺悔で、彼宿因を了する所以だ。人は社会を成す動物だ。樵夫は樵夫と相交って相語る。漁夫は漁夫と相交って相語る。予は・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・ 丁度浮木が波に弄ばれて漂い寄るように、あの男はいつかこの僻遠の境に来て、漁師をしたか、農夫をしたか知らぬが、ある事に出会って、それから沈思する、冥想する、思想の上で何物をか求めて、一人でいると云うことを覚えたものと見える。その苦痛が、・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・愚痴をこぼすのは相手から力と愛を求めることです。相手にそれだけ力と愛とが横溢していない時には、勢い愚痴は相手を弱め陰気にします。我々から愛を求めている者に対して我々の愚痴を聞かせるのはあまりに心なき業だと思います。 私たちは未来を知らな・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫