・・・その名家に、万一汚辱を蒙らせるような事があったならば、どうしよう。臣子の分として、九原の下、板倉家累代の父祖に見ゆべき顔は、どこにもない。 こう思った林右衛門は、私に一族の中を物色した。すると幸い、当時若年寄を勤めている板倉佐渡守には、・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・だから向うの気が進まないのに、いくら私が汚辱を感ずるような事があっても、けっして助力は頼めないのです。そこが個人主義の淋しさです。個人主義は人を目標として向背を決する前に、まず理非を明らめて、去就を定めるのだから、ある場合にはたった一人ぼっ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・逸見氏はあれほどの汚辱に身を浸しながら、どうして今こそ、自身のその汚辱そのものをとおして、復讐しようと欲しないのだろう。悪逆な法律は、人間を生ける屍にするけれども、真実は遂に死せる者をしてさえも叫ばしめるという真理を何故示そうとしなかったの・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・ナチスの他民族排撃の野蛮さは人類史の最大の汚辱といえる。ナチスは、ユダヤ人を追放し、財産を没収し、集団的に虐殺した。ニュールンベルグの国際裁判の公判廷で、ゲーリングは自分らの惨虐をふたたびフィルムの上に展開されて、文字どおり嘔吐したと伝えら・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・とか「汚辱」とかいう言葉が多くつかわれます。その代表的なのが、高見順の「わが胸の底のここには」という『新潮』に連載されている作品です。文学好きというような人には、そうとう読まれていると思う。 この「わが胸の底のここには」という題は、藤村・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・思想上種々なコンフリクトがあったとしても、自分のその有難さ丈は一点の汚辱も受けないのである。 母が、それをすっかり理解し、自分も其点で、希望と信頼とを持って呉れたら、どんなによいだろう。性格の異うこと、何と云っても、彼女は芸術家には生れ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・度々述べられている通り、ゴーリキイの幼年・少年・青年時代は恐ろしい汚辱との闘争に過ぎた。ゴーリキイの母親ワルワーラは、堂々とした美人であったらしい。夫の死後小さいゴーリキイと祖父の家に暮すようになってからは、どちらかというと自分の感情の流れ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・ゴーリキイの若い精神は、社会の汚辱と矛盾に苦しめば苦しむ程激しくよりよい人生の可能を求めた。彼は未来を、これからを、よりましな「何ものかであろう」ところの明日から目を逸すことが出来ない。ゴーリキイは彼等のように生きてしまった人々の一人ではな・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫