・・・そして、対岸の河岸が、三十メートル突きだして、ゆるく曲線を描いている関係から、舟は、流れの中へ放りだせば、ひとりでに流れに押されて、こちらの河岸へ吸いつけられるようにやってくる。地理的関係がめぐまれていた。支那人は、警戒兵が寝静まったころを・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・岡釣でも本所、深川、真鍋河岸や万年のあたりでまごまごした人とも思われねえ、あれは上の方の向島か、もっと上の方の岡釣師ですな。」 「なるほど勘が好い、どうもお前うまいことを言う、そして。」 「なアに、あれは何でもございませんよ、中気に・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・りますると銭金を帳面のほかなる隠れ遊び、出が道明ゆえ厭かは知らねど類のないのを着て下されとの心中立てこの冬吉に似た冬吉がよそにも出来まいものでもないと新道一面に気を廻し二日三日と音信の絶えてない折々は河岸の内儀へお頼みでござりますと月始めに・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・それには河岸から買って来た魚の名が並べ記してある。長い月日の間、私はこんな主婦の役をも兼ねて来て、好ききらいの多い子供らのために毎日の総菜を考えることも日課の一つのようになっていた。「待てよ。おれはどうでもいいが、送別会のおつきあいに鮎・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・そよ風になびく旗、河岸や橋につながれた小舟、今日こそ聖ヨハネの祭日だという事が察せられます。 ところがそこには人の子一人おりません。二人はまず店に買い物に行って、そこでむすめは何か飲むつもりでしたが、店はみんなしまっていました。「マ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・あすからもう、河岸をかえましょうよ。いい潮時ですよ。他にどこか、巣を捜しましょう。」 そのような決意をして、よその飲み屋をあちこち覗いて歩いても、結局、また若松屋という事になるのである。何せ、借りが利くので、つい若松屋のほうに、足が向く・・・ 太宰治 「眉山」
・・・これに引きかえて、発戸河岸の松原あたりは、実際行ってみて知っているので、その地方を旅行した人たちからよくほめられた。 刀根川の土手の上の草花の名をならべた一章、これを見ると、いかにも作者は植物通らしいが、これは『日記』に書いてあるままを・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・右手の方の空間で何かキラキラ光るものがあると思ってよく見ると、日本橋の南東側の河岸に聳え立つあるビルディングの壁面を方一尺くらいの光の板があちらこちらと這い廻っている。それが一階の右の方の窓を照らすかと思っていると急に七階の左の方へ飛んで行・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・試みに俳諧連句にしてみると朝霧やパリは眠りのまださめず 河岸のベンチのぬれてやや寒有明の月に薪を取り込んで あちらこちらに窓あける音とでもいったような趣がある。「イズンティット・ロマンティク」の歌の連・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・ 京橋区内では○木挽町一、二丁目辺の浅利河岸○新富町旧新富座裏を流れて築地川に入る溝渠○明石町旧居留地の中央を流れた溝渠。むかし見当橋のかかっていた川○八丁堀地蔵橋かかりし川、その他。 日本橋区内では○本柳橋かかりし薬研堀の溝渠・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫