・・・えびのいる清洌な小川の流れ、それに緑の影をひたす森や山、河畔に咲き乱れる草の花、そういうようなもの全体を引っくるめた田舎の自然を象徴するえびでなければならない。東京でさかな屋から川えびを買って来てこの子供にやってみればこの事は容易に証明され・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・ 初めて尋ねた先生の家は白川の河畔で、藤崎神社の近くの閑静な町であった。「点をもらいに」来る生徒には断然玄関払いを食わせる先生もあったが、夏目先生は平気で快く会ってくれた。そうして委細の泣き言の陳述を黙って聞いてくれたが、もちろん点をく・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ 稲田桑畑芋畑の連なる景色を見て日本国じゅう鋤鍬の入らない所はないかと思っていると、そこからいくらも離れない所には下草の茂る雑木林があり河畔の荒蕪地がある。汽車に乗ればやがて斧鉞のあとなき原始林も見られ、また野草の花の微風にそよぐ牧場も・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・セーヌ河畔の釣り人や、古本店、リュクサンブールの人形芝居、美術学生のネクタイ、蛙の料理にもどこかに俳諧のひとしずくはある。この俳諧がこの国の基礎科学にドイツ人の及ばない独自な光彩を与え、この国の芸術に特有な新鮮味を添えているのではないかとも・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ 秋山大尉は、そうと油断さしておいて、或日××河へ飛込んだがだ。河畔の柳の樹に馬を繋いで、鉛筆で遺書を書いてそいつを鞍に挟んでおいて、自分は鉄橋を渉って真中からどぶんと飛込んじゃった。残念でならんがだ。」爺さんは調子に乗って来ると、時々・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ゾラは『田園』と題する興味ある小品によって、近頃の巴里人が都会の直ぐ外なるセエヌ河畔の風景を愛するようになったその来歴を委しく語って、偶然にも自分をして巴里人と江戸の人との風流を比較せしめた。 ゾラの所論によると昔の巴里人は郊外の風景に・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・思うに紐育市ハドソン河畔の公園に似て非なるが如きものが、ここに経営せられるのではなかろうか。とにかく隅田川両岸の光景は遠からずして全く一変し、徃昔の風致は遂に前代の絵画文学について見るの外全く想像しがたきものとなってしまうのである。 隅・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ 同時に、ゴーリキイの生涯を通じて持たれた彼の農民に対する考えかたの根が、このヴォルガ河畔の村落生活の経験によって植えつけられたことも、見落せないところであると思う。ゴーリキイは、ナロードニキが民衆を想像したようにでなく、民衆を自身その・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫