・・・男は、屏風のような岩のかげに蹲りながら、待っている間のさびしさをまぎらせるつもりで、高らかに唄を歌った。沸き返る浪の音に消されるなと、いらだたしい思いを塩からい喉にあつめて、一生懸命に歌ったのである。 それを聞いた母親は、傍にねている娘・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・ フレンチの胸は沸き返る。大声でも出して、細君を打って遣りたいようである。しかし自分ながら、なぜそんなに腹が立つのだか分からない。それでじっと我慢する。「そりゃあ己だって無論好い心持はしないさ。しかしみんながそんな気になったら、それ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・そのたんびに蒼い波が遠くの向うで、蘇枋の色に沸き返る。すると船は凄じい音を立ててその跡を追かけて行く。けれども決して追つかない。 ある時自分は、船の男を捕まえて聞いて見た。「この船は西へ行くんですか」 船の男は怪訝な顔をして、し・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
出典:青空文庫