・・・何故かと云うと田中君は、詩も作る、ヴァイオリンも弾く、油絵の具も使う、役者も勤める、歌骨牌も巧い、薩摩琵琶も出来ると云う才人だから、どれが本職でどれが道楽だか、鑑定の出来るものは一人もいない。従ってまた人物も、顔は役者のごとくのっぺりしてい・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・私は記念にと思ってその前に四匹の寝ている姿を油絵の具でスケッチしておいたのが、今も書斎の棚の上にかかっている。まずい絵ではあるが、それを見るたびに私は何かしら心が柔らぐように思う。 太郎の行った家には多少の縁故があるので、幼い子供らは時・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・僕は自ら絵の具の性質と戦った経験を有していないが、ただ鑑賞者として画に対する場合にも、この事を強く感ぜずにはいられない。油絵の具は第一に不透明であって、厚みの感じや、実質が中に充ちている感じを、それ自身の内に伴なっている。日本絵の具は透明で・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・柔らかい若葉の豊かな湧き上がるような感触は、――ただこの感触の一点だけは、――油絵の具をもって現わし難いところを現わし得ているように思われる。また川端氏の画と違って光や空気に対する注意も幾分か現わされているようである。しかし若葉を緑色の塊と・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫