・・・民子は身も世もあらぬさまでいきなりにお増の膝へすがりついて泣き泣き、「お増や、お母さんに申訣をしておくれ。私はそんなだいそれた了簡ではない。ゆんべあんなに泣いたは全く私が悪かったから、全く私がとどかなかったのだから、お増や、お前がよく申・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・自分も其時悲しかったことと、お松が寂しい顔をうなだれて、泣き泣き自分を村境まで送ってきた事が忘れられなかった。「さアここでえいからお松おまえ帰ってくれ」 と母が云っても、お松はなかなか自分を背から降ろさないで、どこまでもおぶって来る・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・ のこされた三人の子どもは、こいしいお母さまをたずねて、毎日泣き泣き湖水のふちをさまよいくらしていました。すると女は或日水の中から出て来て三人をなぐさめました。「おまえたちは、これから大きくなって、世の中の人たちの病気をなおす人にお・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・たしかに肩を蹴った筈なのに、お慶は右の頬をおさえ、がばと泣き伏し、泣き泣きいった。「親にさえ顔を踏まれたことはない。一生おぼえております」うめくような口調で、とぎれ、とぎれそういったので、私は、流石にいやな気がした。そのほかにも、私はほとん・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・途中、麦が一寸ほど伸びている麦畑の傍にさしかかり、突然、ぐしゃっと涙が鼻にからまって来て、それから声を放って泣いた。泣き泣き歩きながら私をわかって呉れている人も在るのだと思った。生きていてよかった。私を忘れないで下さい。私は、あなたを忘れて・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・兄は堤の上から弟は川の中から、八郎やあ、三郎やあ、と泣き泣き呼び合ったけれど、どうする事も出来なかったのである。 スワがこの物語を聞いた時には、あわれであわれで父親の炭の粉だらけの指を小さな口におしこんで泣いた。 スワは追憶からさめ・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・笑われても殺されてもいい、一生に一度のおねがい、お医者さまに行って来て下さい、わるい男に抱かれたことございます、と或る朝、十郎様に泣き泣きお願いしたとかいう、その愚かしい愛人のために、およろこび申上げます。おゆるし下さい。私は、それを、くだ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ 人は、人を救うことができない。まことか? 何を書こうか。こんな言葉は、どうだ。「愛は、この世に存在する。きっと、在る。見つからぬのは、愛の表現である。その作法である。」 泣き泣きX光線は申しました。「私には、あなた・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・そのうちにし、声たてて泣いたのだずおん。泣き泣きしゃべったとせえ。 ――あみださまや。 わらわ、みんなみんな、笑ったずおん。 ――ぼんずの念仏、雨、降った。 ――もくらもっけの泣けべっちょ。 ――西くもて、雨ふった。雨ふ・・・ 太宰治 「雀こ」
・・・かたちだけでも清らに澄まして、まず、誰さん、某さん、おいとま乞いにお宅の庭さきに立ちて、ちりりんと鈴の音にさえわが千万無量のかなしみこめて、庭に茂れる一木一草、これが今生の見納め、断絶の思いくるしく、泣き泣き巡礼、秋風と共に旅立ち、いずれは・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
出典:青空文庫