・・・――だがまあ二十円位い損をしたって、泥棒を傭うて置くよりゃましだ。今すぐぼい出してしまえ!」「へえ、さようでございます。」と杜氏はまた頭を下げた。 主人は、杜氏が去ったあとで、毎月労働者の賃銀の中から、総額の五分ずつ貯金をさして、自・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・触れるとすぐ枝から離れて軍服一面に青い実が附着する泥棒草の草むらや、石崖や、灌木の株がある丘の斜面を兵士は、真直に馳せおりた。 ここには、内地に於けるような、やかましい法律が存在していないことを彼等は喜んだ。責任を問われる心配がない××・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ こゝに、泥棒と泥棒が、その盗品を一方が少く、他方が多いのを理由に又、奪い合いしたらどうであろう。如何に少い方が大義名分を立てゝその行為を飾ろうとも、実質が泥棒であることに変りはない。 又、三人の泥棒が、その縄張り地域の広狭から、そ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・は、運動の時まで独りにされる。ゴッホの有名な、皆が輪になって歩き廻わっている「囚人運動」は、泥棒か人殺連中の囚人運動で、俺だちの囚人運動は矢張りゴッホには描けなかったのだろう。 俺はその中で尻をはしょって、両肌ぬぎになり、おイちニ、おイ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・きめてしまって、私は、大泥棒のように、どんどん歩いた。黄昏の巷、風を切って歩いた。路傍のほの白き日蓮上人、辻説法跡の塚が、ひゅっと私の視野に飛び込み、時われに利あらずという思いもつかぬ荒い言葉が、口をついて出て、おや? と軽くおどろき、季節・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・をまあ、恥かしいとも思わずに、田舎の人たちったら、馬鹿だわねえ、いままでどおりの生活がいつまでも続くとでも思っているのかしら、相変らず、よそのひとの悪口ばかり言いながら、寝て起きて食べて、ひとを見たら泥棒と思って、まあいったい何のために生き・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・映画はあひる泥坊を追っかけるといったようなたわいないものであったが、これも「見るまでは信じられなくて、見れば驚くと同時に、やがては当然になる」種類の経験であった。ともかくも、始めて幻燈を見たときほどには驚かなかったようである。 明治四十・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・お寺へ金を納めて後生を願うのでもそうであり、泥棒の親分が子分を遊ばせて食わせているのでもそうである。それが善い悪いは別としてこの世の事実なのである。 さるのような人もありかにのような人もあるというのも事実であって、それはこの世界にさるが・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・ げじげじから泥坊、泥坊からしらみを取って食う鍛冶橋見付の乞食、それから小田原の倶梨伽羅紋々と、自分の幼時の「グロテスク教育」はこういう順序で進捗して行ったのであった。この教程は今考えてみると偶然とは言いながら実によくできていたと思う。・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・と景気よく答えたのは遠吠が泥棒のためであるとも解釈が出来るからである。巡査は帰る。余は夜が明け次第四谷に行くつもりで、六時が鳴るまでまんじりともせず待ち明した。 雨はようやく上ったが道は非常に悪い。足駄をと云うと歯入屋へ持って行ったぎり・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫