・・・修めない、質素な人の、住居が芝の高輪にあるので、毎日病院へ通うのに、この院線を使って、お茶の水で下車して、あれから大学の所在地まで徒歩するのが習であったが、五日も七日もこう降り続くと、どこの道もまるで泥海のようであるから、勤人が大路の往還の・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・五十日のあいだというもの夜とも昼ともあなたわかんねいくらいで、もうこの世が泥海になるのだって、みんな死ぬ覚悟でいましたところ、五十日めごろから出鳴りがしずかになると、夜のあけたように空が晴れたら、このお富士山ができていたというこっでござりま・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・卑湿の地もほどなく尽きて泥海になるらしいことが、幹を斜にした樹木の姿や、吹きつける風の肌ざわりで推察せられる。 たどりたどって尋ねて来た真間川の果ももう遠くはあるまい。 の歩いている村の道を、二、三人物食いながら来かかる子供を見て、・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫