・・・を見、支那にも既にこの事実に注目した戯曲家のあるのを知った。のみならず「戯考」は「虹霓関」の外にも、女の男を捉えるのに孫呉の兵機と剣戟とを用いた幾多の物語を伝えている。「董家山」の女主人公金蓮、「轅門斬子」の女主人公桂英、「双鎖山」の女・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・而して其の後此の家に注目したが、未だこの家の主らしい男を見たことがなかった。時々家の前に七ツ八ツの青白い顔の女の児が、乳飲児を負って立っているのを見た。妻がその女の児を見ながら、『死んだ人の顔だってあんなに青くはない。』と言ったことがあ・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・ 私がマーク・トゥエーンに注目しているのは、だから彼の小説に関してではない。マーク・トゥエーンは一日に四十本の葉巻を吸った。そのことに注目しているのである。が、これとても大したことはない。私は一日に百本の煙草を吸っている。多い日は百三十・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・それで学校においても郷党にあっても、とくに人から注目せられる少年ではなかった。 けれども天の与えた性質からいうと、彼は率直で、単純で、そしてどこかに圧ゆべからざる勇猛心を持っていた。勇猛心というよりか、敢為の気象といったほうがよかろう。・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・それよりは、一九三一年の満州上海事変とその後に於て、ファッショ文学が動員されている如く、既に一八九四年の最初の戦争から一貫して、文学は戦争のために動員されていることが注目に価する。そして、そのいずれの文学も下劣極る文学だったことが注目に価す・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・高等学校にはいっていたとき、そこの歴史の坊主頭をしたわかい教授が、全校の生徒の姓名とそれぞれの出身中学校とを悉くそらんじているという評判を聞いて、これは天才でなかろうかと注目していたのだが、それにしては講義がだらしなかった。あとで知ったこと・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・自分では、これが一流の晴着のつもりなのであるが、人は、そんなに注目してはくれない。これを着て出掛けた時には、用談も、あまりうまく行かない。たいてい私は、軽んぜられる。普段着のように見えるのかも知れない。そうして帰途は必ず、何くそ、と反骨をさ・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・ 彼の家族にユダヤ人種の血が流れているという事は注目すべき事である。後年の彼の仕事や、社会人生観には、この事実と思い合せて初めて了解される点が少なくないように思う。それはとにかく彼がミュンヘンの小学で受けたローマカトリックの教義と家庭に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・アンナがそれに注目する。窓が明いてコンシェルジの伯母さんが現われる。アンナが「そうか」といったような顔をする。文字で書けばたったこれだけの事である。これだけならば米国でもドイツでも日本でもいつでもできる仕事であると思われるかもしれない。しか・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・むしろ日常身辺の自分に最も親しい物質の世界の事柄を深く注目し静かに観察してその事柄の真相をつき止めようという人間本然の傾向を助長し発育させるのが第一の近道であろう。それの手始めには、例えば風呂場に一本の寒暖計を備えるのも一策である。そうして・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
出典:青空文庫