・・・ 周囲に柵を結いたれどそれも低く、錠はあれど鎖さず。注連引結いたる。青く艶かなる円き石の大なる下より溢るるを樋の口に受けて木の柄杓を添えあり。神業と思うにや、六部順礼など遠く来りて賽すとて、一文銭二文銭の青く錆びたるが、円き木の葉のごと・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・浄め砂置いた広庭の壇場には、幣をひきゆい、注連かけわたし、来ります神の道は、(千道、百綱とも言えば、(綾を織り、錦と謡うほどだから、奥山人が、代々に伝えた紙細工に、巧を凝らして、千道百綱を虹のように。飾の鳥には、雉子、山鶏、秋草、もみじを切・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・で、般若は一挺の斧を提げ、天狗は注連結いたる半弓に矢を取添え、狐は腰に一口の太刀を佩く。 中に荒縄の太いので、笈摺めかいて、灯した角行燈を荷ったのは天狗である。が、これは、勇しき男の獅子舞、媚かしき女の祇園囃子などに斉しく、特に夜に入っ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・なんとなく諦めた顔になった。注連繩屋も蜜柑屋も出ていなかった。似顔絵描き、粘土彫刻屋は今夜はどうしているだろうか。 しかし、さすがに流川通である。雪の下は都会めかしたアスファルトで、その上を昼間は走る亀ノ井バスの女車掌が言うとおり「別府・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ 正月が来た。注連飾などが見事に出来て賑やかな笑声が其処此処からきこえて来た。 しかし勇吉はじっとしてはいられなかった。正月の初めにもっと家賃の安い家を別な方面にさがして、遁げるようにして移転して行った。刑事の監視をのがれたいという・・・ 田山花袋 「トコヨゴヨミ」
出典:青空文庫