・・・「ある時石川郡市川村の青田へ丹頂の鶴群れ下れるよし、御鳥見役より御鷹部屋へ御注進になり、若年寄より直接言上に及びければ、上様には御満悦に思召され、翌朝卯の刻御供揃い相済み、市川村へ御成りあり。鷹には公儀より御拝領の富士司の大逸物を始め、・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・と、注進した。「じゃア、電報がわせで来たんでしょう?」と、僕の妻は思わず叫んだ。「そりゃア、いかん、呼んで来ねば」と、主人は正ちゃんをつれて大いそぎで出て行き、やがて吉弥を呼び返して来た。「かわせが来たんですか?」と、妻はおこっ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「おお、五体は宙を飛んで行く、これぞ甲賀流飛行の術、宙を飛んで注進の、信州上田へ一足飛び、飛ぶは木の葉か沈むは石田か、徳川の流れに泛んだ、葵を目掛けて、丁と飛ばした石田が三成、千成瓢箪押し立てりゃ、天下分け目の大いくさ、月は東に日は西に・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・と月始めに魚一尾がそれとなく報酬の花鳥使まいらせ候の韻を蹈んできっときっとの呼出状今方貸小袖を温習かけた奥の小座敷へ俊雄を引き入れまだ笑ったばかりの耳元へ旦那のお来臨と二十銭銀貨に忠義を売るお何どんの注進ちぇッと舌打ちしながら明日と詞約えて・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ この巻の井伏さんの、ゆるやかな旅行見聞記みたいな作品をお読みになりながら、以上の私の注進も、読者はその胸のどこかの片隅に湛えておいて頂けたら、うれしい。 井伏さんと私と一緒に旅行したことのさまざまの思い出は、また、のちの巻の後記に・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・尚、このたびは、『英雄文学』にいよいよ創作御執筆の由私の今月はじめの御注進、すこしは、お役に立ちましたことと存じ、以後も、ぬからず御報告申上べく、いつも、年がいなく騒ぎたて、私ひとり合点の不文、わけわからずとも、その辺よろしく御判読下さいま・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・夜の八時頃にコツコツ戸を叩いて這入って来た――例のペンが――今日差配人が四度来たという注進だ。それから何かいうが少しも解しかねる。あまり面倒だから善い加減にして追さげる。……十時頃にまたペンが来た。今度差配が来たらどうしようという。今度は相・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 父鷺坂の居城が、此の武田勢に囲まれて既に危いと云う注進に、はっと顔色を変えて愕く様子。興奮して歩き廻りながら、早く、早く、救を遣れと命を下す辺。私の大嫌な作った姫様声は熱を持ち、響き、打掛の裾をさばいての大きな運動とともに、体中ぞっと・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・とすねていた女は、チョン、木が入ると急に、「御注進! 御注進!」と男の声を出し、薄い足の裏を蹴かえして舞台へ駈けて行った。 九時過、提燈の明りで椎の葉と吊橋を照し宿に帰ると、昼間人のいなかった傍部屋で琵琶の音がする。つるつるな板・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・使者一 御注進です! 吉報を齎したお賞めの言葉を先ず下さい。使者二 悦び、悦び! 悦びヴィンダー ミーダ云え! 何事だ?使者一大地の神が眼を覚まそうとしています。 今朝人間界に舞い下りて、彼方此方ぶらついていると、・・・ 宮本百合子 「対話」
出典:青空文庫