・・・ 意気な小家に流連の朝の手水にも、砂利を含んで、じりりとする。 羽目も天井も乾いて燥いで、煤の引火奴に礫が飛ぶと、そのままチリチリと火の粉になって燃出しそうな物騒さ。下町、山の手、昼夜の火沙汰で、時の鐘ほどジャンジャンと打つける、そ・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・この頃の或る新聞に、沼南が流連して馴染の女が病気で臥ている枕頭にイツマデも附添って手厚く看護したという逸事が載っているが、沼南は心中の仕損いまでした遊蕩児であった。が、それほど情が濃やかだったので、同じ遊蕩児でも東家西家と花を摘んで転々する・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・四日流連けて石田は金を取りに帰った。そして二日戻って来なかった。ヒステリーの細君と石田。嫉妬で気が遠くなるような二日であった。石田が待合へ戻って来ると、再び情痴の末の虚脱状態。嗅ぎつけた細君から電話が掛る。石田を細君の手へ戻す時間が近づく。・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ それに今一つの理由としては、辰之助の妹婿の山根がついこのごろまでおひろと深い間であったことで、恋女房であった彼の結婚生活が幸福であった一面に、山根はよくおひろをつれて温泉へ行ったり、おひろの家で流連したりして、実家の母をいらいらさせた・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・「東雲さんの吉さんは今日も流連すんだッてね」と、今一人の名山という花魁が言いかけて、顔を洗ッている自分の客の書生風の男の肩を押え、「お前さんも去らないで、夕方までおいでなさいよ」「僕か。僕はいかん。なア君」「そうじゃ。いずれまた・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫