・・・が、その相手は何かと思えば、浪花節語りの下っ端なんだそうだ。君たちもこんな話を聞いたら、小えんの愚を哂わずにはいられないだろう。僕も実際その時には、苦笑さえ出来ないくらいだった。「君たちは勿論知らないが、小えんは若槻に三年この方、随分尽・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・昼も薄暗いカフェの中にはもう赤あかと電燈がともり、音のかすれた蓄音機は浪花節か何かやっているようです。子犬は得意そうに尾を振りながら、こう白へ話しかけました。「僕はここに住んでいるのです。この大正軒と云うカフェの中に。――おじさんはどこ・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・あれは全く尋常小学を出てから、浪花節を聴いたり、蜜豆を食べたり、男を追っかけたりばかりしていた、そのせいに違いない。こうお君さんは確信している。ではそのお君さんの趣味というのが、どんな種類のものかと思ったら、しばらくこの賑かなカッフェを去っ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・ 上框に腰をかけていたもう一人の男はやや暫らく彼れの顔を見つめていたが、浪花節語りのような妙に張りのある声で突然口を切った。「お主は川森さんの縁のものじゃないんかの。どうやら顔が似とるじゃが」 今度は彼れの返事も待たずに長顔の男・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そこで、小さな懐中へ小口を半分差込んで、圧えるように頤をつけて、悄然とすると、辻の浪花節が語った……「姫松殿がエ。」 が暗から聞える。――織次は、飛脚に買去られたと言う大勢の姉様が、ぶらぶらと甘干の柿のように、樹の枝に吊下げられて、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・議会の開けるまで惰眠を貪るべく余儀なくされた末広鉄腸、矢野竜渓、尾崎咢堂等諸氏の浪花節然たる所謂政治小説が最高文学として尊敬され、ジュール・ベルネの科学小説が所謂新文芸として当時の最もハイカラなる読者に款待やされていた。 二十五年前には・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 後は浪花節を呻る声と、束藁のゴシゴシ水のザブザブ。 二階には腎臓病の主が寝ているのである。窓の高い天井の低い割には、かなりに明るい六畳の一間で、申しわけのような床の間もあって、申しわけのような掛け物もかかって、お誂えの蝋石の玉がメ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・新派の芝居や喜劇や放送劇や浪花節や講談や落語や通俗小説には、一種きまりきった百姓言葉乃至田舎言葉、たとえば「そうだんべ」とか「おら知ンねえだよ」などという紋切型が、あるいは喋られあるいは書かれて、われわれをうんざりさせ、辟易させ、苦笑させる・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・ おれもお前に貰って、見たが、版がわるい上に、紙も子供の手習いにも使えぬ粗末なもので、むろん黒の一色刷り、浪花節の寄席の広告でも、もう少し気の利いたのを使うと思われるような代物だった。余程熱心に読まねば判読しがたい、という点も勘定に入れ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・いう綽名を持ち、一年三百六十五日、一日も欠かさず、お前たちの生命は俺のものだという意味の、愚劣な、そしてその埋め合わせといわん許りに長ったらしい、同じ演説を、朝夕二回ずつ呶鳴り散らして、年中声が涸れ、浪花節語りのように咽を悪くし、十分毎にペ・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
出典:青空文庫