・・・Mは毎年学校の水泳部に行っていたので、とにかくあたり前に泳ぐことを知っていましたが、私は横のし泳ぎを少しと、水の上に仰向けに浮くことを覚えたばかりですし、妹はようやく板を離れて二、三間泳ぐことが出来るだけなのです。 御覧なさい私たちは見・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・「そして何よ、ア、ホイ、ホイ、アホイと厭な懸声がよ、火の浮く時は下へ沈んで、火の沈む時は上へ浮いて、上下に底澄んで、遠いのが耳について聞えるだ。」 七「何でも、はあ、おらと同じように、誰かその、炎さ漕いで来る・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・下駄が浮くと、引く手が合って、おなじく三本の手が左へ、さっと流れたのがはじまりで、一列なのが、廻って、くるくると巴に附着いて、開いて、くるりと輪に踊る。花やかな娘の笑声が、夜の底に響いて、また、くるりと廻って、手が流れて、褄が飜る。足腰が、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ その空へ、すらすらと雁のように浮く、緋縮緬の女の眉よ! 瞳も据って、瞬きもしないで、恍惚と同じ処を凝視めているのを、宗吉はまたちらりと見た。 ああその女? と波を打って轟く胸に、この停車場は、大なる船の甲板の廻るように、舳を明・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・はじめは首だけ浮いたのですが、礫を避けるはずみに飛んで浮くのが見えた時は可恐い兀斑の大鼠で。畜生め、若い時は、一手、手裏剣も心得たぞ――とニヤニヤと笑いながら、居士が石を取って狙ったんです。小児の手からは、やや着弾距離を脱して、八方こっちへ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・豆府の湯へ箱形の波を打って、皮が伸びて浮く処をすくい上げる。よく、東の市場で覗いたっけ。……あれは、面白い。」「入ってみましょう。」「障子は開いている――ははあ、大きな湯の字か。こん度は映画と間違えなかった。しかし、誰も居ないが、…・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・口中に熱あり、歯の浮く御仁、歯齦の弛んだお人、お立合の中に、もしや万一です。口の臭い、舌の粘々するお方がありましたら、ここに出しておきます、この芳口剤で一度漱をして下さい。」 と一口がぶりと遣って、悵然として仰反るばかりに星を仰ぎ、頭髪・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 電燈の球が巴になって、黒くふわりと浮くと、炬燵の上に提灯がぼうと掛かった。「似合いますか。」 座敷は一面の水に見えて、雪の気はいが、白い桔梗の汀に咲いたように畳に乱れ敷いた。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・開ける、と中庭一面の池で、また思懸けず、船が一舳、隅田に浮いた鯨のごとく、池の中を切劃って浮く。 空は晴れて、霞が渡って、黄金のような半輪の月が、薄りと、淡い紫の羅の樹立の影を、星を鏤めた大松明のごとく、電燈とともに水に投げて、風の余波・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・いまの並べた傘の小間隙間へ、柳を透いて日のさすのが、銀の色紙を拡げたような処へ、お前さんのその花についていたろう、蝶が二つ、あの店へ翔込んで、傘の上へ舞ったのが、雪の牡丹へ、ちらちらと箔が散浮く…… そのままに見えたと思った時も――箔―・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
出典:青空文庫