・・・ 墓は皆暗かった、土地は高いのに、じめじめと、落葉も払わず、苔は萍のようであった。 ふと、生垣を覗いた明い綺麗な色がある。外の春日が、麗かに垣の破目へ映って、娘が覗くように、千代紙で招くのは、菜の花に交る紫雲英である。…… 少年・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・その簡単な有り様は、太古の移住民族のごとく、また風に漂う浮き草にも似て、今日は、東へ、明日は、南へと、いうふうでありました。信吉はそれを見ると、一種の哀愁を感ずるとともに、「もっとにぎやかな町があるのだろう。いってみたいものだな。」と、思っ・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・いつまでも一本立ち出来ず、孤独な境遇のまま浮草のようにあちこちの理髪店を流れ歩いて来た哀れなみじめさが、ふと幼友達の身辺に漂うているのを見ると、私はその無心を断り切れなかった。散髪の職人だというのに不精髭がぼうぼうと生え、そこだけが大人であ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・僕一人が世間に住みつく根を失って浮草のように流れている。そしていつもそんな崖の上に立って人の窓ばかりを眺めていなければならない。すっかりこれが僕の運命だ。そんなことが思えて来るのです。――しかし、それよりも僕はこんなことが言いたいんです。つ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・もとは河骨のようなものと、もう一種の浮き草のようなものがあったのだと記憶している。ことしは睡蓮が著しく繁殖して来た。紅白二種のうちで、白いほうが繁殖力が大きいように思われる。実際そうであるか、どうか、専門家に聞いてみなければわからない。事実・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・ポーラはやはり浮き草のようなポーラであるところにこの劇の女主人公としての意義があり、そこに悲劇があり、ほんとうの哀れがあるのではないか。八重子はここで黙って百パーセントの売女としてのポーラになりきることによってこの悲劇を完成すべきではないか・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それにランプの焔はどこかしっかりした底力をもっているのに反して、蝋燭の焔は云わば根のない浮草のように果敢ない弱い感じがある。その上にだんだんに燃え縮まって行くという自覚は何となく私を落着かせない。私は蝋燭の光の下で落着いて仕事に没頭する気に・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・水かさのました稲田から流れ込んだ浮き草が、ゆるやかに回りながら、水の面へ雨のしずくがかいては消し、かいては消す小さい紋といっしょに流れて行く。鯉は片すみの岩組みの陰に仲よく集まったまま静かに鰭を動かしている。竜舌蘭の厚いとげのある葉がぬれ色・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・また、水上に浮かぶ二つの浮き草の花が水中に隠れた根によって連絡されているようなものである。あるいはまた一つの火山脈の上に噴出した二つの火山のようなものでもある。しかしこれだけの関係ではあまりに二句の間の縁が近すぎ姿が似すぎて結果はいわゆる付・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・今までは全く他人本位で、根のない萍のように、そこいらをでたらめに漂よっていたから、駄目であったという事にようやく気がついたのです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとし・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
出典:青空文庫