・・・ あまり爪尖に響いたので、はっと思って浮足で飛び退った。その時は、雛の鶯を蹂み躙ったようにも思った、傷々しいばかり可憐な声かな。 確かに今乗った下らしいから、また葉を分けて……ちょうど二、三日前、激しく雨水の落とした後の・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ と笑うて、技師はこれを機会に、殷鑑遠からず、と少しく窘んで、浮足の靴ポカポカ、ばらばらと乱れた露店の暗い方を。…… さてここに、膃肭臍を鬻ぐ一漢子! 板のごとくに硬い、黒の筒袖の長外套を、痩せた身体に、爪尖まで引掛けて、耳のあ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ ――それ、そこで言って、ひょいひょい浮足で出て行く処を、背後から呼んで、一銚子を誂えた。「可いのを頼むよ。」 と追掛けに言うと、「分った、分った。」 と振り向いて合点々々をして、「北国一。」 と屏風の陰で腰を振・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・進行中に、大石軍曹は何とのうそわそわして、ただ、まえの方へ、まえの方へと浮き足になるんで、或時、上官から、大石、しッかりせい。貴様は今からそんなざまじゃア、大砲の音を聴いて直ぐくたばッてしまうやろ云われた時、赤うなって腹を立て、そないに弱い・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・と光代は浮足。なに、お部屋からそこらはどこもかしこも見通しです。それに私もお付き申しているから、と言っても随分怪しいものですが、まあまあお気遣いのようなことは決してさせませんつもり、しかしおいやでは仕方がないが。 いやでござりますともさ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 初めの間は母に叱られるのを考えて足をムズムズさせながらも我慢して居たが、其等の騒がしい音は丁度楽隊が子供の心を引き付けるより以上の力で病室へ病室へと私の浮足たった霊を誘い寄せるのであった。 私の我慢は負けて仕舞った。 そして到・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・東京へ東京へと浮足たって居ながらする農業は、目覚ましい発達を仕様はずがない。東北の農業の振わないのは、農事の困難なため、都会へ都会へと皆の気が向いて居る故でも有ろうと思われる。西国の農民は富んで良い結果をあげて居る。農作に気候が適して居るの・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫