・・・ 天に年わかき男星女星ありて、相隔つる遠けれど恋路は千万里も一里とて、このふたりいつしか深き愛の夢に入り、夜々の楽しき時を地に下りて享け、あるいは高峰の岩角に、あるいは大海原の波の上に、あるいは細渓川の流れの潯に、つきぬ睦語かたり明かし・・・ 国木田独歩 「星」
・・・いでやと毛布深くかぶりて、えいさえいさと高城にさしかかれば早や海原も見ゆるに、ひた走りして、ついに五大堂瑞岩寺渡月橋等うちめぐりぬ。乗合い船にのらんとするに、あやにくに客一人もなし。ぜひなく財布のそこをはたきて船を雇えば、ひきちがえて客一人・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ むすめはかくまで海がおだやかで青いのに大喜びをしましたが、よく見ると二人の帆走っているのは海原ではなくって美しくさきそろった矢車草の花の中でした。むすめは手をのばしてそれを摘み取りました。 花は起きたり臥したりしてさざなみのように・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・「大海に島もあらなくに海原のたゆとう波に立てる白雲」という万葉の歌に現われた「大海」の水はまた爾来千年の歳月を通してこの芭蕉翁の「荒海」とつながっているとも言われる。 もちろん西洋にも荒海とほぼ同義の言葉はある。またその言葉が多数の西洋・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・今夜買ったのは半月形で蒼海原に帆を孕んだ三本檣の巨船の絵である。夕日を受けた帆は柔らかい卵子色をしている。海と空の深い透明な色を見ていると、何かしら遠いゆかしいような想いがするのを喜んで買った。 欲しいと思った皿を買ったのは愉快であるが・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・高千穂峯で最初の火を燃したわれ等の祖先が、どんなに晴れやかさの好きな自然人であったか、またこの素朴な大海原と平野に臨んでどんなに男らしく亢奮したか。その感情が今日の我々にさえ或る同感を以て思いやれる程、日向の日光は明かで生活力がとけ込んでい・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
出典:青空文庫