・・・ 一疋の親の海豹が、氷山のいただきにうずくまって、ぼんやりとあたりを見まわしていました。その海豹は、やさしい心を持った海豹でありました。秋のはじめに、どこへか姿の見えなくなった自分のいとしい子供のことを忘れずに、こうして、毎日あたりを見・・・ 小川未明 「月と海豹」
・・・その頃、私は二十五歳であったと思うが、古谷君たちの「海豹」という同人雑誌に参加し、古谷君の宅がその雑誌の事務所という事になっていたので、私もしばしば遊びに行き、古谷君の文学論を聞きながら、古谷君の酒を飲んだ。 その頃の古谷君は、機嫌のい・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・いずれも、「海豹」という同人雑誌に発表したのである。昭和八年である。私が弘前の高等学校を卒業し、東京帝大の仏蘭西文科に入学したのは昭和五年の春であるから、つまり、東京へ出て三年目に小説を発表したわけである。けれども私が、それらの小説を本気で・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・そこいらの漁師の神さんが鮪を料理するよりも鮮やかな手ぶりで一匹の海豹を解きほごすのであるが、その場面の中でこの動物の皮下に蓄積された真白な脂肪の厚い層を掻き取りかき落すところを見ていた時、この民族の生活のいかに乏しいものであるかということ、・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・ただいまは高原君が樺太旅行談つけたり海豹島などの話をされましたが実地の見聞談で誠に有益でもあり、かつ面白く聴いておりました。私のは諸君に興味または利益を与えるという点において、とても高原君ほどに参りませぬ。高原君は御覧の通りフロックコートを・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・動物の世界の物語であるが、この短篇集の中に若い雄の白海豹ルカンノンの物語がある。北極光の照らす深い北海の年々の集合所から真白い一匹の雄海豹のルカンノンが自分の躯にうずく希みにつき動かされて、海豹の群がまだ一度も潜ったことのない碧い水の洞をぬ・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
出典:青空文庫