・・・一同斉しく愕然として、医学士の面を瞻るとき、他の一人の看護婦は少しく震えながら、消毒したるメスを取りてこれを高峰に渡したり。 医学士は取るとそのまま、靴音軽く歩を移してつと手術台に近接せり。 看護婦はおどおどしながら、「先生、こ・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・桃山行きや、消毒やいうて、えらい騒動や。そのあげく、乳飲ましたらあかんぜ、いうことになった。そらそや、いくら何でもチビスの乳は飲めんさかいナ。さア、お腹は空いてくるわ、なんぼ泣いてもほっとかれるわ。お襁褓もかえてくれんわ。踏んだり蹴ったりや・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 新吉は左の腕を消毒すると、針を突き刺そうとした。ところが一昨日から続けざまにいろんな注射をして来たので、到る所の皮下に注射液の固い層が出来て、針が通らない。思い切って入れようとすると、針が折れそうに曲ってしまう。注射で痛めつけて来たそ・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・やっと看護婦が帰って来たが、のろまな看護婦がアンプルを切ったり注射液を吸い上げたり、腕を消毒したりするのに手間取っているのを見ると、寺田は一代の苦痛を一秒でも早く和げてやりたさに、早く早くと自分も手伝ってやるのだった。 気の弱い寺田はも・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・医者は膝頭に突きささっている鉛の弾を簡単にピンセットで撮み出して、小さい傷口を消毒し繃帯した。娘の怪我を聞いて父親の小使いが医務室に飛び込んで来た。僕は卑屈なあいそ笑いを浮べて、「やあ、どうも。」と言った。僕は、自分が本当に悪いと思って・・・ 太宰治 「雀」
・・・然しながら数日の後に其の接眼の縫目が化膿した為めに――恐らく手術の時に消毒が不完全だったのだろうと云う説が多数を占めている――彼女は再び盲目になって了ったそうである。当時親しく彼女を知っていた者が後に人に語って次のような事を云った。 ―・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・私は、この緑の風呂敷を、電燈を覆うのに使用したわけは、けれども、その不潔の風呂敷の黴菌を、電球の熱でもって消毒しよう、そうして消毒してから、ながくわが家のものとして使用しようなどの下心からではない。そんなことは無い。私には全くそんな悪心がな・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・アルコールで消毒はされるかもしれないがあまり気持の好いものではない。 屠蘇と一緒に出される吸物も案外に厄介なものである。歯の悪いのに蛤の吸物などは一番当惑する。吉例だとあって朝鮮の鶴と称するものの吸物を出す家があったが、それが妙に天井の・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・今ならばフォルマリンか何かで消毒するだろうが、あのころそういう衛生上の注意が行き届いていたかどうか疑わしい。しかし今日でも文化の輸入伝播に付いて来る種々な害毒がかなり激烈で、しかもそれを防ぐ事ができないのであるから、耳の病気ぐらいはやむを得・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・或は高き処から落ちて気絶したる者あらば酒か焼酎を呑ませ、又切疵ならば取敢えず消毒綿を以て縛り置く位にして、其外に余計の工夫は無用なり。或人が剃刀の疵に袂草を着けて血を止めたるは好けれども、其袂草の毒に感じて大患に罹りたることあり。畢竟無学の・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫