・・・大人数なために稼いでも稼いでも貧乏しているので、だらしのない汚い風はしていたが、その顔付きは割合に整っていて、不思議に男に逼る淫蕩な色を湛えていた。 仁右衛門がこの農場に這入った翌朝早く、与十の妻は袷一枚にぼろぼろの袖無しを着て、井戸―・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・このデカダン興味は江戸の文化の爛熟が産んだので、江戸時代の買妓や蓄妾は必ずしも淫蕩でなくて、その中に極めて詩趣を掬すべき情味があった。今の道徳からいったら人情本の常套の団円たる妻妾の三曲合奏というような歓楽は顰蹙すべき沙汰の限りだが、江戸時・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・彼等は、幾多の女と関係したことを書く。淫蕩な事実を描く、肉欲を書き、人間の醜い部分と、そして、自分達、即ちブルジョア階級がいかにして快楽を求めつゝあるかを告白する。しかし、余程の低劣な作家にあらざる限り、これ等の事実を提供して、読者に媚びよ・・・ 小川未明 「何を作品に求むべきか」
・・・の店をひらいたのは二十五の歳だったが、旦那が半年で死んでしまうと、酒のあとで必ず男のほしくなる体を浮気の機会あるたびに濡らしはじめ、淫蕩的な女となった。何を思ったのか私を掴えても「わては大抵の職業の男と関係はあったが文士だけは知らん」と、意・・・ 織田作之助 「世相」
・・・小さな犬のくせに、どうしてそんな人間の淫蕩の秘密を覚えたかと思われるような奴だ。亡くなった旦那が家出の当時にすら、指一本、人にさされたことのないほど長い苦節を守り続けて来た女の徳までも平気で破りに来ようという奴だ。そう考えると、おげんはこの・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・我利我利。淫蕩。無智。虚栄。死ぬまで怪しい空想に身悶えしている。貪慾。無思慮。ひとり合点。意識せぬ冷酷。無恥厚顔。吝嗇。打算。相手かまわぬ媚態。ばかな自惚れ。その他、女性のあらゆる悪徳を心得ているつもりでいたのであります。女で無ければわから・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・多くの人の玩弄物になると同時に、多くの人を弄んで、浮きつ沈みつ定めなき不徳と淫蕩の生涯の、その果がこの河添いの妾宅に余生を送る事になったのである。深川の湿地に生れて吉原の水に育ったので、顔の色は生れつき浅黒い。一度髪の毛がすっかり抜けた事が・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・しかし、一方には夜の娘を、あらゆる商業的な文化の上でもてあそび、間接な淫蕩に浸りながら、その半面で電車に乗るなとけがらわしがる感情がある。ラク町の姐御誰々を正道にたちかえらせる勧善懲悪美談の趣味がある。だがその同じ世間は、すべての女性を売淫・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ バルザックは、ユーゴオのようにギリシャ悲劇の教養を土台にして、その作品に美と獣性、淫蕩と清純な愛、我慾と献身という風な二元的な対位法を使い、ロマンティックな荘重さ、熱烈さ、高揚で、文体を整えることも出来なかった。バルザックはこれらの輝・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・さもなければ淫蕩文学の作家となって性のブルジョア的販売に陥った。特に封建性のつよい日本において或る時期ブルジョア・インテリゲンツィアの婦人作家が、色恋を描かず、男の美を作品の中に描き得ないのは、まことに当然である。 性的アドーレーション・・・ 宮本百合子 「婦人作家は何故道徳家か? そして何故男の美が描けぬか?」
出典:青空文庫