・・・おッ母さんはただあの事が深田へ知れては、お前も居づらいはずだと思うたに、今の話ではお前の方から厭になったというのだね。それではおまえどこが厭で深田にいられない、深田の家のどいうところが気に入らないかえ。おつねさんだって初めからお互いに知り合・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ひるごろ私は、作家、深田久弥氏のもとをたずねた。かれの、はっきりすぐれたる或る一篇の小説に依り、私はかれと話し合いたく願っていた。相州鎌倉二階堂。住所も、忘れてはいなかった。三度、ながい手紙をさしあげて、その都度、あかるい御返事いただいた。・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・その時は今の深田博士が玄関へ出て来て切符を渡してくれた事を覚えている。これも恥ずかしい事である。その家の門の表札にはラファエル・フォン・コウィベルとしてあった。 全く夢のようである。 言葉がもう少し自由であったなら、そして自分がもし・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・ 京都の深田教授が先生の家にいる頃、いつでも閑な時に晩餐を食べに来いと云われてから、行かずに経過した月日を数えるともう四年以上になる。ようやくその約を果して安倍君といっしょに大きな暗い夜の中に出た時、余は先生はこれから先、もう何年ぐらい・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・私が早稲田にいると言ってさえ、先生には早稲田の方角がわからないくらいである。深田君に大隈伯のうちへ呼ばれた昔を注意されても、先生はすでに忘れている。先生には大隈伯の名さえはじめてであったかもしれない。 私が先月十五日の夜晩餐の招待を受け・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
一 十月号の『文芸』に発表されている深田久彌氏の小説「強者連盟」には、様々の人物が輪舞的に登場しているが、なかに、高等学校の生徒で梅雄と云う青年が描かれている。 この小説で、作者はおそらく作品・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・ これ等の人間的感性と文学の頽廃に安ぜず、同時に、還り得べからざる王朝文学の几帳のかげをも求めない作家たち、深田久彌、山本有三、芹沢光治良等の諸氏は、それぞれ、モラルと真実との再誕を求めて作品にとりくんだが、これらの真面目な人間的・文学・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 深田久彌氏の「強者連盟」を読み終りのこされた複雑な後味を考えているうちに、私の心には右のような一つのなまなましい表象が浮んで来たのであった。 作者は、この人生に日本の過去の教養的常識が呈出して来たあくの抜けたもの、静的な美のかわり・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・ 深田久彌のように、作品の上ではある簡勁さを狙っている作家も、この問題に対しては、自分が日常生活ではスキーなどへ出かけつつ、かたわら不安の文学について云々している矛盾の姿を自覚することができなかったのである。 不安の文学提唱、その流・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・文句は、深田様がお産で去月何日死去されましたから、御悔みのしるしに何か皆で買ってあげたい、一円以上三円位まで御送り下さい、というのである。 広い耕地を見晴す縁側の柱の下に坐り、自分は、幾度も、幾度も繰返して文面を見た。第一、なくなられた・・・ 宮本百合子 「追想」
出典:青空文庫