・・・ 松山へ来てから二月余り後、左近はその甲斐があって、ある日城下に近い海岸を通りかかると、忍駕籠につき添うた二人の若党が、漁師たちを急がせて、舟を仕立てているのに遇った。やがて舟の仕度が出来たと見えて、駕籠の中の侍が外へ出た。侍はすぐに編・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ この光、ただに身に添うばかりでなく、土に砕け、宙に飛んで、翠の蝶の舞うばかり、目に遮るものは、臼も、桶も、皆これ青貝摺の器に斉い。 一足進むと、歩くに連れ、身の動くに従うて、颯と揺れ、溌と散って、星一ツ一ツ鳴るかとばかり、白銀黄金・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・麦やや青く、桑の芽の萌黄に萌えつつも、北国の事なれば、薄靄ある空に桃の影の紅染み、晴れたる水に李の色蒼く澄みて、午の時、月の影も添う、御堂のあたり凡ならず、畑打つものの、近く二人、遠く一人、小山の裾に数うるばかり稀なりしも、浮世に遠き思あり・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・かねてここと見定めて置いた高架鉄道の線路に添うた高地に向って牛を引き出す手筈である。水深はなお腰に達しないくらいであるから、あえて困難というほどではない。 自分はまず黒白斑の牛と赤牛との二頭を牽出す。彼ら無心の毛族も何らか感ずるところあ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・おとよさんはつと立ってきて髪の香りの鼻をうつまでより添う。そして声を潜めて、「この間里から蜂屋柿を送ってくれたから省さんに二つ三つあげますよ」 おとよさんは冷たい髪の毛を省作の湯ぼてりの顔へふれる。省作も今は少し気が落ちついている。・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・「いいえ、先生のようなお気質では、つれ添う身になったら大抵想像がつきますもの」「よしんば、知れたッてかまいません」「先生はそれでもよろしかろうが、私どもがそばにいて、奥さんにすみません」「心配にゃア及びません、さ」景気よくは・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・彼女はただわずかに、川に添うて歩いてきたことを思い出しました。どうかして、川ばたに出て、それについてゆこう。その後は、野にねたり、里に憩うたりして、路を聞きながらいったら、いつか故郷に帰れないこともあるまいと思いました。 ある日、娘は、・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・そこは俗にいう瀬戸物町で、高麗橋通りに架った筋違橋のたもとから四ツ橋まで、西横堀川に添うた十五町ほどの間は、ほとんど軒並みに瀬戸物屋で、私の奉公した家は、平野町通りから二三軒南へはいった西側の、佃煮屋の隣りでした。 私は木綿の厚司に白い・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・今更に何をか嘆かむ打ち靡き心は君に依りにしものを 調和した安らかな老夫婦は実に美しく松風に琴の音の添うような趣きがあって日本的の尊さである。 君臣、師弟、朋友の結合も素より忍耐と操持とをもってではあるが終わりを全うするも・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・だら/\流れ出た血が所々途絶え、また、所々、点々や、太い線をなして、靴あとに添うて走っていた。恐らく刃を打ちこまれた捕虜が必死に逃げのびたのだろう。足あとは血を引いて、一町ばかり行って、そこで樹々の間を右に折れ、左に曲り、うねりうねってある・・・ 黒島伝治 「氷河」
出典:青空文庫