・・・南フランスから出て来たドーデが巴里でそのような可憐ないくつかの小説を書きはじめた時分、小さな一人の男の子が書斎の父さんのところから、隣室で清書している母さんのところまでよちよちと書きあげられた原稿を一枚一枚運ぶ役をつとめた。ドーデはその回想・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ まさか背負っても行かれまいが、と思いながら、珍らしい気持がして、久し振りに誰はばかる事なく、すいた垣越しに、散らかった埃の中の孝ちゃんの清書だの、閉て切った雨戸の外側に筆太く「馬鹿」と書いてあるのをながめて居た。・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・その下に低い机をすえて、ひろ子が、その清書をやっていた。「何だか足のさきがつめたいな」 重吉が、日ざしは暖かいのに、という風に南の縁側の日向を眺めながら云った。十一月に入ったばかりの穏やかな昼すぎであった。「ほんとなら今頃菊の花・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・口書下書を読み聞せられて、酉の下刻に引き取った。 二十三日には筒井から四度目の呼出が来た。口書清書に実印、爪印をさせられた。 二十八日には筒井から五度目の呼出が来た。用番老中水野越前守忠邦の沙汰で、九郎右衛門、りよは「奇特之儀に付構・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ いちは起きて、手習いの清書をする半紙に、平がなで願書を書いた。父の命を助けて、その代わりに自分と妹のまつ、とく、弟の初五郎をおしおきにしていただきたい、実子でない長太郎だけはお許しくださるようにというだけの事ではあるが、どう書きつづっ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫