・・・ ああわが最愛の友よ(妹ドラ嬢を指、汝今われと共にこの清泉の岸に立つ、われは汝の声音中にわが昔日の心語を聞き、汝の驚喜して閃く所の眼光裡にわが昔日の快心を読むなり。ああ! われをしてしばしなりとも汝においてわが昔日を観取せしめよ、わが最・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・あの嗚咽する琵琶の音が巷の軒から軒へと漂うて勇ましげな売り声や、かしましい鉄砧の音と雑ざって、別に一道の清泉が濁波の間を潜って流れるようなのを聞いていると、うれしそうな、浮き浮きした、おもしろそうな、忙しそうな顔つきをしている巷の人々の心の・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ところどころに清泉迸りいでて、野生の撫子いと麗しく咲きたり。その外、都にて園に植うる滝菜、水引草など皆野生す。しょうりょうという褐色の蜻あり、群をなして飛べり。日暮るる頃山田の温泉に着きぬ。ここは山のかいにて、公道を距ること遠ければ、人げす・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫