・・・うと立ち上がった時、ぴかぴか光る金の延べ板を見つけ出した時の喜びはどんなでしたろう、神様のおめぐみをありがたくおしいただいてその晩は身になる御飯をいたしたのみでなく、長くとどこおっていたお寺のお布施も済ます事ができまして、涙を流して喜んだの・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・……先祖代々の墓詣は昨日済ますし、久しぶりで見たかった公園もその帰りに廻る。約束の会は明日だし、好なものは晩に食べさせる、と従姉が言った。差当り何の用もない。何年にも幾日にも、こんな暢気な事は覚えぬ。おんぶするならしてくれ、で、些と他愛がな・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・が、一盞献ずるほどの、余裕も働きもないから、手酌で済ます、凡杯である。 それにしても、今時、奥の細道のあとを辿って、松島見物は、「凡」過ぎる。近ごろは、独逸、仏蘭西はつい隣りで、マルセイユ、ハンブルク、アビシニヤごときは津々浦々の中に数・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・私はちょっと其処へ掛けて、会釈で済ますつもりだったが、古畳で暑くるしい、せめてのおもてなしと、竹のずんど切の花活を持って、庭へ出直すと台所の前あたり、井戸があって、撥釣瓶の、釣瓶が、虚空へ飛んで猿のように撥ねていた。傍に青芒が一叢生茂り、桔・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・茶や御飯やと出されたけれども真似ばかりで済ます。その内に人々皆奥へ集りお祖母さんが話し出した。「政夫さん、民子の事については、私共一同誠に申訣がなく、あなたに合せる顔はないのです。あなたに色々御無念な処もありましょうけれど、どうぞ政夫さ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・殊に軽焼という名が病を軽く済ますという縁喜から喜ばれて、何時からとなく疱瘡痲疹の病人の間食や見舞物は軽焼に限られるようになった。随ってこの病気が流行れば流行るほど、恐れられれば恐れられるほど軽焼は益々繁昌した。軽焼の売れ行は疱瘡痲疹の流行と・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・シカモその二、三度も、待たされるのがイツモ三十分以上で、漸く対座して十分かソコラで用談を済ますと直ぐ定って、「ドウゾ復たお閑の時御ユックリとお遊びにいらしって下さい」と後日の再訪を求めて打切られるから、勢い即時に暇乞いせざるを得なくなった。・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・』『おかしな人だ人に心配させて』とお絹は笑うて済ますをお常は『イヤ何か吉さんは案じていなさるようだ。』『吉さんだって少しは案じ事もあろうよ、案じ事のないものは馬鹿と馬鹿だというから。』『まだある若旦那』と小さな声で言うお常も・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・涼しき中にこそと、朝餉済ますやがて立出ず。路は荒川に沿えど磧までは、あるは二、三町、あるいは四、五町を隔てたれば水の面を見ず。少しずつの上り下りはあれど、ほとほと平なる路を西へ西へと辿り、田中の原、黒田の原とて小松の生いたる広き原を過ぎ、小・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・私が自分の部屋に戻って障子の切り張りを済ますころには、茶の間のほうで子供らのさかんな笑い声が起こった。お徳のにぎやかな笑い声もその中にまじって聞こえた。 見ると、次郎は雛壇の前あたりで、大騒ぎを始めた。暮れの築地小劇場で「子供の日」のあ・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫