・・・ 自分は、数年来この二つの疑問に対して、何等の手がかりをも得ずに、空しく東西の古文書を渉猟していた。が、「さまよえる猶太人」を取扱った文献の数は、非常に多い。自分がそれをことごとく読破すると云う事は、少くとも日本にいる限り、全く不可能な・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・馬琴の衒学癖は病膏肓に入ったもので、無知なる田夫野人の口からさえ故事来歴を講釈せしむる事が珍らしくないが、自ら群書を渉猟する事が出来なくなってからも相変らず和漢の故事を列べ立てるのは得意の羅大経や『瑯ろうやたいすいへん』が口を衝いて出づるの・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・が、小説雑著は児供の時から好きでかなり広く渉猟していた。その頃は普通の貸本屋本は大抵読尽して聖堂図書館の八文字屋本を専ら漁っていた。西洋の物も少しは読んでいた。それ故、文章を作らしたらカラ駄目で、とても硯友社の読者の靴の紐を結ぶにも足りなか・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・そうした雷の現象に関するあらゆる研究に興味を引かれてその方面の文献を、別に捜す気になるまでもなく、自然に渉猟するようになった。しかしどれほど色々の学者の研究の結果を調べてみても、私自身体験としての雷の観察から示唆されて日常に懐いている色々の・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・この事について幸田露伴博士の教えを請うたが、同博士がいろいろシナの書物を渉猟された結果によると釁るという文字は犠牲の血をもって祭典を挙行するという意味に使われた場合が多いようであるが、しかしとにかく、一書には鐘を鋳た後に羊の血をもってその裂・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・ ある哲学者が多年の間にたくさんの文献を渉猟して収集し蓄積した素材の団塊から自身の独創的体系を構成する場合があるであろう。科学者でも同様な場合があるであろう。そういう場合に寄り集まった材料が互いに別々な畑から寄せ集められたものである以上・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・それは別問題としたところで、私の眼前のガラスの水滴の合流をいかに統計的に取り扱ったらよいかと思って諸文献を渉猟してみても結局得るところははなはだ少ないのである。それは私が結局何物もないところに何物かを求めているためであろうか。それがそうでは・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・バルザックのリアリズムは、この意味でディフォームされた素材を、それをこそわが文学の世界として渉猟しているのであるが、甚だ興味あることは、彼自身時代のディフォーメイションを内在物としてもちつつ社会関係の中では、そのことからの損傷の被害者の立場・・・ 宮本百合子 「文学のディフォーメイションに就て」
・・・それから日本人の書いたドイツ文や、日本人のドイツ語から訳した国文を渉猟して見たが、どれもどれも誤謬だらけである。その中でF君は私が最も自由にドイツ文を書き、最も正確にドイツ文を訳すると云うことを発見した。しかし東京にいた時の私の生活はいかに・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫